第180話 都合のいい抱き枕

 4月が近付き暖かい日が増えてくると、美冬は憂鬱な気分になる。


 雷の季節になるし、主とくっついて寝る口実もなくなる。

 それに薄着になると貧相な体格も浮き彫りになるし、肌の露出が増えるのも嫌だ。


 更には、夏毛になると進は殆どモフらなくなる。

 美冬は「冬毛をモフれる最後の機会ですよ!」と進を焚き付けて、先程まで散々モフられ、今現在は、授乳している。

 美冬も腹を吸われることにはすっかり慣れて、包容力と母性で、進を完全に受け入れてしまっている。


「ご主人様、そんなに吸っても母乳は出ませんよ」

 と言って止めるほど、進は甘くない。

 母乳は出ずとも、モフモフはあるのだ。

 モフモフはあるのだが……。

「母乳より抜け毛がすごい……」

 やっと起き上がった進の顔は、美冬の毛で大変なことになっていた。


 即座にブラッシングを開始して、もう一匹美冬が出来るくらいには毛が取れた。


「あと1ヶ月くらいでモフユじゃなくなるのか……」

 進は心の底から名残惜しそうに、ブラッシングした毛を丸めて、肺の奥から深々と溜息を吐いた。


 そこまで落ち込まれると、美冬の精神の方がすり減る。気温が上がるに連れて自分の価値が下がっていき、やがて、ただの役立たず狐に成り下がってしまう。


「夏の間も冬毛でいられる方法ってないでしょうか」

「日照時間が要因だから地球の自転と相談してもろて」

「セカンドインパクトが起きて常冬になればいいのに」

「原作と逆になってる……」

「ご主人様がL.C.Lに還元されてもちゃんと飲み干してあげますからね」

「ああ、うん……」

「美冬とご主人様の間では常にアンチA.T.フィールド全開ですよ」

「わかったわかった」


 例えがわかりにくい。


「ではどうしたら夏毛になっても存在意義を失わずに済むのでしょう……」

「──居てくれるだけで十分……」

「そういうの良いので、はい。てかそれ前に言ってたのと何ら変わらないじゃないですか」


 そこそこ恥ずかしいながらも言ったのに、一蹴される悲しさは計り知れない。

 元凶と言えば、それは間違い無く進なのだが。


「ご主人様、わかりますか? 美冬はとても辛いんです。美冬は常にご主人様を想い、一番に考え、ご主人様の為に存在しているのにもかかわらず、冬毛でなくなるだけでこうもあっさりと。ご主人様の美冬に対する愛って、その程度なんですか。都合のいい抱き枕が欲しいだけなんですか」

「夏は夏でむちむちの抱き枕になるんで……それはそれで」

「はあ!? やっぱ抱き枕が欲しいだけじゃあないですか」

「夏になればみふの美脚とかも見やすくなるし」

「ほんっっっとに脚好きですよね」

「あ、あと、今年こそはみふの水着姿とか見たい」


 美冬の思考が一瞬固まった。

 進も言うようになったものだ。

 美冬の夏の存在意義が、ムチムチ、美脚、水着と三拍子揃う。だが、どうにも不純だ。不純すぎる。そこに愛はあるのか。愛というよりも性欲に近いものばかりではないか。


「ご主人様? ご主人様は、美冬の事、好き、なんですよね?」

「は、はい」

「愛してるんですよね?」

「間違い無く」

「それで?」


 進は何かに気づいて、そして、悔しそうな恥ずかしそうな、むず痒い顔をして美冬から目を逸らした。

「みふが居ないと、俺が寂しいので……」

「にゃるほど」

「居てください……」


 美冬の顔が、にんまりと歪む。


「よく言えました」


 美冬は進の頭を抱いて胸に寄せると

「も〜ご主人様も最初からそう言えば、美冬も誤解せずに済んだんですよ〜?」

 と進をがしがしと撫で回す。


 進の方は、改めて本心を言ったせいで精神が死にそうになっている。加えて犬のように撫でられては人間としても尊厳もない。

 拒もうとしてみても、美冬の地味に強い腕力には敵わないのだが。


「美冬、もしご主人様に要らないなんて言われたら、目の前で死んじゃいますからね?」

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