第177話 地雷の塊みたいな妖
それから美冬の方が大人しくなってしまった。食事中も静かで、食器を片付けた後も、いつものようにじゃれついてくることも無い。手持ち無沙汰に黙々とスマホを弄っているだけだ。
普段なら鬱陶しいとさえ思っていても、急に無くなると逆に不安になる。
「先にシャワー浴びていい?」
「あ、はい、どうぞ」
進も居づらくなって、やるべきことを探した結果がこれだ。
最近は何故か美冬と入ることが多かった。たまには一人で静かなのも悪くはない……が、それはそれで居間に一人で居る美冬の事が気になってしまう。
結局いつもより早く済ませて、髪もいつもより適当に拭いただけになった。
居間では美冬が変わらずスマホを弄っていて、ちらっと見てきてはすぐに画面の方に視線を戻した。進と美冬は長い付き合いだ。美冬は基本的に根暗で孤独を好むが、構われていたいという性格だ。どれだけ「近づくな」という気配を漂わせていても、それはつまり「構え」の合図であることが圧倒的に多い。
だが今の美冬は「近づくな」ではなく、落ち込んでいる。原因は、言わずもがな。
それとなく美冬の隣に座ってみて、恐る恐る、様子を窺うように、耳をモフってみる。拒む気配はない。耳から頭を撫で、髪を手櫛で撫でてみる。これも嫌がる素振りは見せない。
だが、原因は自分だし、何かを言ったところで話の落としどころが見いだせない。
「あの……さ」
別の話で空気を変える方が良い。
「春休みになったら、実家帰ったりするの?」
美冬が進の顔を見て、一瞬目線を上に向けた。
「考えてませんね……。正直面倒くさいですし」
「そっか」
「美夏の顔も見たくないですし」
「そっか……」
兎に角、姉妹仲は最悪なのは相変わらず。
「ご主人様こそ、実家行かないんですか?」
「正月行ったし。親の顔も見たくないし」
だが進も美冬の事は言えない。
「お家でぬくぬくするのも良いじゃないですか。それに、近くにお花見スポットもありますし」
「ああ、公園」
「それに4月は4月で色々イベント有りますし」
「うんそれは菊花と行ってくれた方がみふも楽しめそうだなあ」
「そ……ですね」
反応が鈍い。
今のは失言だったかと進が次の言葉を考えるも束の間、美冬は何かを急に悩み始めた。
「前に、菊花にドタキャンされたって話あったじゃないですか……」
「あーあったね」
「実はあの時色々あって、ちょっと、菊花と連絡が取りづらいというか……」
「え、そうなんだ」
「あんまりご主人様に言っても困らせてしまうと思って言わなかったんですけど」
「うん」
確かに、女子同士のいざこざを外野の男が下手に知ることも無い。
「なんかごめんなさい」
「いや良いんだけど……。それ俺が聞いても良い話?」
だが敢えてこの話を今出してくるというのは、とりあえず話だけ聞いてほしいという事だ。
「大した事じゃないんですよ。イベントに、2人で行くって話だったんですけど……菊花が急に他の友達も呼ぶって言いだして、そのまま勝手に呼んじゃって。それで、美冬ってすごく人見知りするじゃないですか」
「なんで勝手に呼ぶんだってなったの?」
「そー……で、なんやかんや言ってたら、じゃあええわってなって……」
「あー。え、なんであの時、俺がみふから誘われたの? 推しじゃなかったらそのまま行かなければよかったんじゃ」
「……実は、その……」
「もしかして推しだったの?」
美冬が微妙に頷く。
「推しじゃないんですけど、好きなサークルが出してて、行けたら行きたかったなあ……みたいな」
「気使ってくれたんだね……」
進が美冬からの誘いを断っても「別に元から行く気無かったです」という感じを装って、進が罪悪感を感じるのを一応は抑えてくれていたのだ。色々と散々言われたが。
「とにかく菊花とは気まずいんだ」
「はい……」
だが美冬にとっては数少ない同類の友人だ。
「美冬の人見知りも悪いといえば悪いんですけど……」
「一応確認はして欲しかったよね」
「ですよね。誰が来るのかくらい教えてくれないと、事前にどんな妖なのかツイッターで確認も出来ないじゃないですか。地雷の塊みたいな妖に来られたら嫌ですし、それに菊花達だけで盛り上がられて美冬だけ蚊帳の外みたいになったらもっと嫌じゃないですか」
「地雷の塊って……。なんていうか、うん。その。うん」
そして美冬がじっと進を睨んでいる。何かと思えば、美冬を撫でる手が止まっていたのだ。撫でる手が止まるくらいには進も解決策を考えてはいるのだが、美冬はそれを求めていない。
気を取り直した進は、美冬を抱き上げて胡坐の上にのせて抱きしめる。撫でているより手は楽だし、美冬もこれなら文句は言わない。
それに美冬の体は柔らかいので触ってて心地良い。
「じゃあ、4月のイベント誘ってみたら? 俺も付いて行っても良いし」
「基本的に女子向けですし、それに一人だけ彼氏連れてきたヤベえ奴扱いされるので。しかも人間の」
「う、うん、ごめん軽率だった」
「いえいえお気持ちは嬉しいですよ。ホントに。自分でなんとかします」
美冬は完全に進に体重を預け、力を抜いた。モゾモゾと動いてポジションを絶妙に修正し、一番楽な位置と姿勢を見つける。
「話したら少しスッキリしました」
「それは良かった」
「ところでご主人様。もうこのまま動きたくないんですけど、お風呂まだなんですよぉ。このまま洗ってくださると、嬉しいなぁ〜」
「さっき風呂入ったばかりなんだけど」
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