第170話 泣きわめいてキレ散らかしますよ?

「ご主人様?」

 美冬は非常に怒っていた。

「どういう事なんですか?」

 大学の廊下で、いつになく目を黒くして怒っていた。

「誰の許可を得て初花と喋ってるんですか?」

 それは、初花が居たから。美冬の元の主にして、進の従姉であり、初恋の相手とか言われている人物である。そして彼女はよく教授の手伝いに来ており、進と鉢合うことも多々あった。



「ま、待って待って。そんな怒るほどの事でも──」

「家庭裁判所行きますか?」

「いやだから──」

「泣きますよ? 今ここで。泣きわめいてキレ散らかしますよ?」

「ちょ、落ち着いて──」

「は? この状況で落ち着けと?」

 壁に詰め寄られ、進に逃げ場はない。


 するとガラガラと側の扉が開いて、初花がひょっこりと顔を出した。初花は「相変わらずやってんなあ〜」と呆れた苦笑いをした。

「二人共ー」

「何ですか話しかけないで下さい呪い殺しますよ」

 美冬は間髪入れず睨みつけた。

「あー……。そろそろお昼にしようかなって」

 だが初花は最早慣れており、あまり気にせず要件を伝えた。表情で謝罪の意を伝えようとする進を見て、若干可哀想だと思いつつ。


 †


 いつもどおり学食で450円の定食を食べる。普段と違うのはその場にいるメンバーだ。

 教授と初花は、やり方がどうのこうのと絶えず話しており、美冬は不機嫌ながらどこか懐かしささえ感じられる鯖味噌を黙々と食べていた。

 進は唐揚げ定食の唐揚げを一個美冬の皿に移して、味噌汁をすする。教授と初花の話を聞いてもあまりついていけず、そして美冬の機嫌を取る方法が未だに思いつかずにいた。


 美冬はいち早く食べ終えて、退屈そうに尻尾の枝毛探しを始めた。冬毛でモフモフの尻尾ではあるが、それ故に触ればすぐに抜け毛と遭遇する。そして抜けた毛の置き場所に困って尻尾に戻す。

 進はその仕草を見て、前にもあったな……と既視感を覚えた。


「あ、そういえば前に教授が持ってった『みふ毛』。アレどうしたんですか?」

「ん? あれは〜知り合いに成分見てもらったりしたよ。普通の毛だってさ〜。不思議だよね。美冬ちゃんの尻尾って出したりしまったりも出来るんでしょ? どこに消えるんだろうね? 抜け毛はずっと残ってたし」

「それを気にしたせいで変化できなくなった狐が居るんであまり気にしてあげないで下さい」

 教授は純粋な興味本位だったが、進が苦笑いしつつ止めた。

「何それ。そんなのあるんだ」

 今度は初花が興味を示した。

「うん。照憐君が一時期そうなったらしい」

「へぇ、意外と身近なところに」

「ほんと、そうですよね。照憐君って意外と馬鹿ですよね」

 ふふふ、と美冬が笑顔で言った。口元だけ歪に笑って、見開いた真っ黒な目で初花を見つめながら。

 睨まれた初花は「相変わらず辛辣だなぁ」と苦笑いして目を逸らした。

 逸した先に、進の申し訳なさそうな顔がまた目に映って、同情とむしろ申し訳ない気持ちにならざるを得なかった。

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