第169話 その研究って何の役に立つんですか?

「そもそもですよ?」

 この話、まだ続くのか。

 反省しているし謝ったのだからもう終わりでいいじゃないか。

「その研究って何の役に立つんですか? ご主人様がお手伝いして何のメリットがあるんですか?」

「みふ……それ、教授の前で絶対に言っちゃ駄目だからね。修士論文発表と博士論文発表のトラウマ話と、普段からの社会の風当たりの話を、泣きながら3時間くらいされるから……」

 ただでさえ情緒不安定な人なんだから、と付け加えて。


「今は、モジュール式魔法の実用化の研究してるってさ」

「もじゃ……なんですか?」

「モジュール式。ベースの魔法に他の魔法を複数組み合わせて運用する魔法」

「それで……だからそれが何の役に立つんですか?」

「別々に展開してた魔法を同時に使えるから効率が良くなる……らしい。ほら、アリスとか俺がよく使ってる領域制圧魔法。あれなんか何個も魔法飛ばさなくちゃいけないから時間と体力使うし」

「へー」


 ジトッとした目で、全く興味がない事を態度で主張してくる。


「アリスの魔法が楽になって、美冬の寂しさが紛れるのでしょうか」

 黒く虚ろな目が細くなる。

「その研究は、美冬に寂しい思いをさせてまでやることなんですか? どうなんですか? 答えてください?」

「えー……じゃあ一緒に行く?」

「……。ぅん……」

 

 美冬はしゅんとして頷き、かえって進は困ってしまった。それで良かったのか、と。美冬はそれで満足してしまうのか、納得してしまうのか、と。

 良いなら良いけど……、と進はどうにも居心地が悪くなってしまって時計をみやった。


 学校から帰ってきて何もしていない。体は疲れているし、腹も減った。


「みふ、お風呂入ろうか……。髪洗ってあげるよ」

 すると美冬はいつもどおりの黄色い目に戻って、小さく頷いた。


 †


「いや゛です動きたくないですだっこしてくだしゃい」

 そして風呂場でこの惨状である。

 湯を沸かすのも面倒なのでシャワーで済ませて出ようとしたら、美冬が抱きついて離れない。だが風呂場の出入り口は狭いので彼女を抱いて出ることはほぼ不可能。


「後でするから。風引いちゃうって」

「にゃああああああ」

 喚く狐っ娘を半ば引っ張るようにして「足! 段差あるから!」と風呂場から引きずり出した。

 やっと出たところで押し倒され、裸で抱きつかれる。

 丁度よいからと、タオルを引っ張って、そのまま美冬の体を拭く。魔法で軽く周囲の空気を温めて体は冷やさないようにしているので、まだマシだ。ただ進が疲れるだけ。


 今日の美冬はおかしい。


「もしかして今日何かあった?」

「……んぇ? 何もないですよ?」

 と言いながら首筋を齧っている。やられている方はかなり痛い。

「にゃんか、気分」

「気分?」

「人肌恋しい気分……です……」

「ぁぁ……そっか」

 今日もしっかり丁寧に洗った髪は、白く綺麗でしなやかだ。早くドライヤーでサラサラにしてあげたい欲求に駆られる。


「土日、どうする? ケントの手伝いも行く?」

「んー……。葵さんが居るなら」

「多分居るよ」

「じゃあ行きます……」

 美冬はやっと少し離れると、離れ際に進の唇を舐めた。

「お腹空きました?」

「うん」

「夕飯は──美冬です」

「うん?」

「ご飯は美冬です。今このまま、食え」

「普通にご飯食べたい」

 美冬は無言で頬をつねった。

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