第168話 仕事とどっちが大事なんですか

「ご主人様、今週の土日のどちらか──」

「ごめん土日は両方とも予定ある」

 即答だった。


 学校から帰ってきた途端、日戸進(16歳、高校生)はおおよそ高校生とは思えない程に体力は無く、そしてテーブルに「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」と突っ伏していた。そんなところで妙に塩らしい月岡美冬(16歳、自称専業主婦)が、しゅんとしていた。


「ちなみに用事って?」

「土曜が教授の手伝いと、日曜がケントの手伝い」

「……は?」

 そして目が黒くなった。

「この間も、同じ理由で美冬のお誘い断りましたよね」

 進はいつもこうだ。美冬が恐る恐る何かに誘おうと思えばいつの間にか先約を作っている。なぜ直前になるまで教えないのか。どうして、美冬のために時間を残しておかないのか。美冬には我慢ならなかった。


「美冬と仕事とどっちが大事なんですか」


 進がピクリと反応し、ハッとして疲れ切った目で美冬を見た。

 手遅れだ。

 既に美冬の目は虚ろで、悲しげで、そして殺意マシマシだった。


「みふ……だけど……」

「ならどうして? 教授とかケントとか、どうして他の人の所に行っちゃうんですか? 土日に美冬と一緒に居るのは嫌ですか? 貴重な休日をなんの為になるのかわからないお手伝いに費やしてしまうんですか? どうしてですか? 約立たずの狐は不要だと、退屈だと言いたいのですか?」

「いや、俺だって出来るなら休日くらいのんびりしたいけど……」

「へえ?」

「入っちゃった予定は仕方ないし」

「そうですか」

 美冬は咳払いする。


「予定が入ったから、というだけの理由で美冬をほったらかしにするんですね」


 口元は努めて笑っているが、見開いた目は一切笑っていない。


「泣いていいですか?」

「あの、えっと、ほんと、申し訳ないと思ってます……。すみません、ごめんなさい、ほんとに」

「泣きますよ?」

「再来週の土日は一応空いてる……はず」

「同人イベントが再来週もやっているとでも?」

「そういうのに行きたかったのかー……」

 

 進は再度テーブルに突っ伏した。

「だったらもう少し早く言ってくれれば……」

「だって菊花にドタキャンされたから」

「完全にとばっちりじゃないか……」

 なぜ怒られたのか。諸悪の根源は菊花のドタキャンだ。非常に納得がいかない。


 進は美冬をもう一度チラ見した。彼女は悪びれる様子もなく、被害者面を続ける気でいる。流石は口が悪いことで定評のある月岡家の狐。口の悪さに加えて面の厚さも複合装甲並と来た。


「同人イベントなら一人でも……」

「いや゛です。というか推しは関係ないイベントなのでどうでもいいんです」

「じゃあなんでそんな怒ってんの……」

「美冬のお誘いを即答で断ったので。わかりませんか? 予定を蹴って美冬と行くくらいの考えもなかったのでしょうか。少しくらい申し訳なさそうに、スケジュールを確認しつつ、悩む素振りくらい見せても良かったと思いませんか。そこに美冬を想う気持ちはなかったのでしょうか。ねえ。どうなんですか」


 そう言われれば、美冬が怒る理由もわからない事もなかった。進は、美冬の主張を真摯に受け止め反省しようと思うに至った。

 つまり、態度の問題であったと。


「以後、気を付けます……」


 だが同時に思う。結局、全て美冬の匙加減ではないかと。

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