第164話 責任を持って殺します
美冬が買い物から帰り、郵便受けを覗くと、見慣れない送り主から珍しく進宛に封筒が届いていた。
送り主は、テレビのCMで聞いたことがあるような、ないような。予備校だ。
美冬は「あ、」と思い出した。以前、進が学校により強制的に受けさせられていた模試だ。その結果が帰ってきたのだ。
あの日は世界の全てに絶望したような顔をして帰ってきたので心配になったが、あえて結果は聞かなかった。
買ったものを冷蔵庫に入れて、ローテーブルにとりあえず置いた封筒とにらめっこする。
非常に気になる。
非常に、非常に、非常ーーーに、気になる。
勝手に開けたら悪いかなーとは思いつつも、まあそんなんで怒らんやろ、とも思う。
美冬の良心と好奇心が喧嘩し、勝ったのは
好奇心だった。
封筒を丁寧に破り、紙を抜き取る。
どれもこれも悲惨な点数で、進が絶望した顔で帰ってきたのを一瞬で理解した。
全国順位も言わずもがな。
ただ、校内順位はそこそこ高い。全国の模試なのに学校内の平均も出るんだなーという驚きと、学校内ならそこそこ頭がいいのかという安心感は得られた。
そして、用紙をめくって志望校の欄を見つけた。
†
今日も今日とで、学校と手伝いと、疲れ切った身体で帰宅する。
扉を開ければ美冬が出迎えてくた。部屋に充満した料理の匂いのせいで、空腹を思い出す。
ロールキャベツと言う如何にも手の込んだ料理だ。彼女がかけた手間がそのまま味に反映されている。
「それで、あの」
美冬が話を切り出した
「実はこの間の模試の結果が来てまして」
「……ぇ」
思い出して胃が痛くなる錯覚がする。英語の長文は何を言っているのか全くわからなかったし、数学なんてどこか遠い惑星の記号なのではないかというやつだった。
「志望校のところなんですけど」
「え、見たの? 勝手に?」
「それでですね」
「いや無視かよ」
「第2と第3が仙台にある大学でしたので、なにか深いわけでもあるのかな、と」
確かに、そのようにマークシートに書いたのは間違いない。
「書くのに迷って適当に書いただけだから」
「東京のじゃなくて仙台のを? 適当に?」
「うん、みふの実家がある場所だし何となく身近だし」
「……。ほんとに適当ですか」
「なんだよ、やけに食い付くなぁ」
そもそも進が知っている大学など、偏差値高めの有名な大学と、いつも手伝いに行く所くらいしか無い。第一志望はいつも手伝いに行く大学を書いて、それ以降はほぼ全部適当に書いた。仙台の大学を書いたのも、美冬の実家として若干の縁があるだけ。
「その、美冬の実家から通うのとか考えてるのかなあ……って」
美冬はどこか期待を込めた眼差しだった。
「……いや、考えてなかった……」
すると見るからに落胆して、箸と茶碗をテーブルの置いてしまった。
「変な期待させないでくださいよ」
「ぇぇ……。いやだって、パパママに迷惑かけられないし。みふとみなの喧嘩も見たくないし」
美冬に盛大にため息を吐かれては、進のほうが悪いことをしてしまった気になった。
「で、でも、アリだと思うんです。両親は迷惑どころか歓迎すると思いますし、美夏は責任を持って殺しますので」
「相変わらず物騒だな……」
「それに金銭的余裕も生まれますし、ご飯美味しいですし、海も山も川も都会もありますし、東松島までちょっと行けばブルーインパルスも見放題ですし」
やけにしつこい。それに美冬の実家から東松島まではちょっとの距離ではない。
「その、つまり、みふは実家帰りたいの?」
すると、美冬はぽかんと呆けた後に、何言ってんのコイツみたいな顔になった。
「少なくとも東京よりは家賃安いので、仙台でアパート借りて二人暮らしでも全然いいんですけど。なんか、ちょっと、嬉しくて……」
「……うん」
「さっき調べたんですけど、うちからなら、大学まで電車で1時間ちょっとで行けますよ。もちろん、さっさと免許取って美冬が車で送り迎えしたって全然良いですし。ロードスターで」
「うん、それは面白そうかもね」
「なので、よかったら考えてほしいです」
適当にやったことがここまで飛躍してしまい、どうにもまとまらない。ただ、美冬にここまで言われてしまうと、それを前提に考え始めるのも良いと思い始める。
何にしても、現実味はないし、この2人だけで決められるようなことではない。
「機会があったら、みふママたちに相談してみるよ」
そう、機会があったら。
「絶対ですからね! 絶対!」
美冬はマジになっているが。
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