第161話 爆死したんですよね……

 早くも2月中旬。

 あれから暫く平和な日々を過ごしていた。

 そして今日という日は、どうも学校中が浮足立っている様子だ。


 だが、進はどうにも困っていた。

 先程、菅谷飛鳥から貰った「義理チョコ」なるモノがカバンの中に押し込んであるのだ。


 さて。本日、2月14日。全国のリア充どもが恐らくクリスマスの次に盛り上がるであろう日が来たのである。


 毎年、おおよそ美冬、美夏、姉から、それと稀に満里奈と葵から申し訳程度の義理チョコを渡されていたのだが、今年は菅谷飛鳥から義理チョコを貰ってしまったのである。


 で、美冬以外の女性からチョコを貰うと、美冬がガチギレするというのが毎年恒例の行事でもある。


 バレる前にどこかで食べてしまうか、正直に貰ったことを報告すべきか……。


 †


 などと考えているうちに、カバンにチョコを入れたまま家に到着してしまった。

 もう慣れてしまった熱烈な出迎えを華麗に受け流し、台所の鍋からカレーの匂いがするのをスルーして、居間に荷物を置いた。


「それで、菅谷とかいう女から貰ったんですよね? チョコ」

 そして、ニッコリとした笑顔で聞いてきた。

 なぜ、なぜわかったのか、と冷や汗が出てくる。

「実は昨日ラインが来たんですよ。あの女から。なんか、普段から我々に世話になってるから云々とかいう理由でくれるって言うんですよ。まあぶっ殺してやっても良いかな、とも思ったんですけど人の好意を無下にするのもどうかと思ったので」

「あ、ああ、そう言う……」

 内心、菅谷飛鳥の察しの良さに進は非常に感謝した。ホワイトデーは忘れず必ずそれなりのものをお返しをしなければ、と思うくらいに。


 そして夕食後。

 そもそもが毎年恒例行事となっているバレンタインで特にドキドキ感がある訳でもないが、美冬お手製のチョコが冷蔵庫からお披露目となった。


「ご主人様、本命チョコには経血を入れるって知ってますか?」

「……え、いや、知らないけど」

「そうですか」

 美冬はぽいっと口にチョコを放り込む。

「え、なに、なんで、怖い怖い怖い怖い」

「入れてないですよ。いや、入れようかと思ったんですけど、どうせ自分も食べるからと思いまして」

「え、あ、そ、そ、そっか……」


 狐なのにネギもキシリトールもチョコレートも食べれるのは、妖怪だからと言う解釈で良いのか。そういったところの、生物学的な研究はする人もいなければ論文にも残らないので謎が多い。


「なんなら、直接飲んでくれても良いんですよ? 美冬の血とか色々。そうすればご主人様の体の一部に美冬の成分が入るわけですから」

「ああ、うん、あー、考えとく……」


 美冬は、少し残念そうに口を閉じ、またチョコ食べた。


「うーん……溶かして型に流し込んだだけだから美味いも不味いもないですね」

「いやいやそんなことないよ美味しいよ」

「美冬はご主人様のそういうさり気ない優しさに救われてます……」

「え、なに、どうしたの、具合でも悪い?」


 美冬はちらりと進の方を見ると、ため息を吐いた。

「爆死したんですよね……」

「爆死……?」

「期間限定ガチャ……。爆死したんですよね……」


 美冬がやっているソシャゲのバレンタインイベントの期間限定ガチャ。相変わらず期間限定最高レアの排出率はクソであり、美冬はそのクソにやられてしまったという事だ。

 なお、推しが期間限定イラストで出ていたらしい。


「課金までしたのに出なかったんですよね……」

「えっと……いくら?」

「1万円です」

「いちまんえん」

 たかが1万円、およそ30回分で推しが出てくるほど世間は決して甘くない。だが定期的な収入がない美冬が一度に使う金額としては相当に高額だ。

 ゴミ箱には、コンビニで買ったであろう魔法のカードが捨ててある……。


「慰めてくれませんか」

「えっと、そのうち復刻が来るよ」


 進は、最大限に、ある程度の希望を持たせたつもりだった。それでも、美冬は

「はあああああ」

 と盛大なため息でもって、その残念さを表明したのである。

 ちがう。そうじゃない、と。

 

 チョコをまた一つ、口にくわえる。


「はい」


 と、ローテーブルに身を乗り出して進に迫る。


「え、何」

「だから、なぐさめてほしいって言ってるんです。手っ取り早くちゅーしろって言ってるんです。チョコも甘さ100倍で美味しいですよ?」

 一体どんな理論だよ、と半ば呆れつつ、手っ取り早く受け取ろうと顔を近づける。少しだけ唇が触れ合って、チョコレートを受け取る。

 だが、その隙を見逃すほど狐の反射神経は鈍くない。一気に口に食い付いて、チョコを押し込んだと思えば舌で奪い取り、唾液を纏わせてまた押し付ける。

 テーブルの上にめいいっぱい乗り出すも、とうとう体勢がきつくなってきた。


 一度離れて、無言のまま進の隣に移動し座り直したら、また再開する。


 二人の間でチョコレートがどろどろに溶けてなくなってきたら、もう一つチョコレートをとって同じことをする。


「おいひいですか……?」


 口を触れ合わせながら言うから、少し言い方がおかしい。

 進の「うん」という返答が聞こえたら、嬉しくなって甘い唾液を追加で更に流し込む。

 

 溶けたチョコレートと一緒に、自分の唾液も飲み込まれていく。自分の一部が、巡り巡って進の一部になる。

 

 また、チョコレートがすべて溶けきってなくなってしまった。

 またチョコレートを取ろうとローテーブルをみやって手を伸ばすと、進に掴まれて止められる。


「みふ、ちょっと休憩させて……」

 

 休憩? これが癒やしだというのに何を言っているのか。


 美冬は自覚が無いながらも、潤んでしまった瞳で上目遣いになった。


「あといっこだけ……ごしゅじんさま……」


 そして、溶けたように懇願されれば、それを拒めるわけもなかった。

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