第159話 お姉さんに対する敬意が足りてないと思うのよね

 ただいまーと玄関を開けると、いつも通り美冬の熱烈な出迎えを──

「おかえり〜」

 だが、普段決して感じることのない豊満な柔らかさに抱きしめられた。


 この感覚は、美冬ではない。


「姉さん? なんで??」

「進の誕生日だし来ちゃった」

 と、満面の笑みで言っているのだが、姉の見慣れた笑みよりも、その後方で震えながら包丁を握り目を真っ黒く見開いている美冬の方が気になった。


 いつも通りの食卓に、朝乃が追加され合計3名での夕食となっている。テーブルの中央には進の好物である麻婆豆腐が鎮座している。


「どうですか、今日の麻婆豆腐は」

「うん、美味しいよ」

「そうじゃなくて、その、なんていうか具体的に……」

 美冬は麻婆豆腐に拘っている。進が以前作ったモノがヤケに美味く、それ以来、進より美味い麻婆豆腐を作ろうと躍起になっているのだ。


「そうだよ〜。みふちゃん、進の好きなものだからって張り切って作ってたんだからね〜色々隠し味とか入れてたし」

「もとはクックドゥですけどね。というかどう足掻いてもクックドゥに勝てないんですけどね。ふっ……」

 企業の力を用い、莫大な金と時間を費やして開発したクックドゥに、たかだか数年だけ料理をやった程度の狐が勝てるわけがないのだ。彼女の諦めきった目と声音がその決して勝てぬ闘いの日々を物語っている。


「みふちゃんが作る麻婆豆腐ってピーマン入ってるんだね」

「へ? ご主人様が入れてたから入れてるだけなんですけど……。日戸家がそうなのだと思ってましたが、違うんですか?」

「んーうちでそもそも麻婆豆腐作らないしなあ……。進、なんで入れてるの?」

「なんでって、近所の中華料理屋で入ってたから」

「え~そうだったけ。というか進が麻婆豆腐とか中華とかが好きって、みふちゃんから聞いて初めて知ったんだよね」

「あれ、そうだっけ」

「じゃあ今度はお姉さんが作ってあげよっか。みふちゃんとどっちが美味しく作れるか」

「どうあがいてもクックドゥには勝てないから辞めときなよ。それに姉さん、そんなに料理しないでしょ」

「やる時はやるよ~。めっちゃ上手だかんね?」

「はいはい」


 なにその反応〜、と朝乃が抗議し、興味ないし、と進が切り返す。

 

 そして美冬は、相変わらずこの姉弟は仲いいな……と目を黒くし朝乃を睨み付けながらスープを啜っている。


「進はねえ、お姉さんに対する敬意が足りてないと思うのよね。ね? みふちゃんもそう思わない?」

 急に話を振られたが、半分くらい聞いていなかったので状況を飲み込むのに一瞬時間がかかった。

「あー……そんなものじゃないですか? うちも美夏からゴミ呼ばわりされてますし」

「ゴミってちょっと酷いねそれ」

「いちいち気にしませんよ。いつもの事ですし」

「みふちゃん優しいなあ。お姉さんがもし進にゴミとか言われたら多分ぶっ殺すよ」

「ゴミ以外でも下手なこと言えば殺される」

「わかってんじゃん〜流石はお姉さんの弟」



 からかい半分で朝乃は進の頭の上に手をのせてわしゃわしゃしているが、そこで拒否らない進も進で色々やばい。


「あの。ご飯中なんですけど」


 と、美冬が一言言ったところで、朝乃はガン無視するだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る