第158話 世知辛いな……。
今日は2月9日、進の誕生日だ。
そして彼への誕生日プレゼントは
仕事だった。
「さあ、頼んだよ進君~!」
教授のところへ手伝いに行くと、なぜか軍手と木刀を持たされた。
そして、大学の敷地内にある、農学部が使っているらしい畑の前に立たされている。
しかもその畑は先ほど種まきを終えたばかりで、畑の半分にシートが、もう半分はそのままという謎構成。
本当にこんな実験をして効果があるのか、役に立つのか……という疑問がよぎるも、それを検証するのが今回の実験でもある……らしい。
「抜刀──津田越前守助廣、村雨」
かの刀匠、津田越前守助廣が打ったという、雨乞いと五穀豊穣を祈念したという奉納刀。
木刀が白銀色に輝き、刀身に素剣と倶利伽羅竜が昇る。
以前、教授より「なんか野菜が育ちそうな魔法ってない?」と聞かれ、それをそのまま美冬に相談した結果、彼女が刀剣の図鑑より調べだした村雨という刀を抜刀するという解決法を見出したのだ。
魔法を展開したまま数分、先ほどまでご機嫌だった太陽が雲にどんどんと遮られ、やがてぱらぱらと雨が降り始めた。
「本当に雨降ってきた……」
抜刀した本人の進でさえ、かなり驚いた。
教授や、種まきに参加していた学生たちも「おー」という反応をしつつ、雨宿りのため物陰に移動し始めた。
「それで、魔法の効果ってどうやって測るんですか?」
しとしとと降る雨を眺めつつ、教授に聞いてみた。魔法を選び発動した本人だから、少しだけ責任感のようなものを感じている。
「例えば発芽率とか、育ちの良さ、実った野菜の大きさ、味、質……とかかな」
「後半は随分と定性的な評価になりますね」
「まあぁあそうだね。育ったらみんなに配るから、その時も評価手伝ってね~」
植えたのは、ピーマンらしい。
ピーマンはわりと使い道が多いのはわかる。麻婆豆腐とかカレーとかピザトーストとか……。
結局、料理はすべて美冬に任せているので、進が考えても仕方のないことだ。もし仮に進が台所に立とうものなら、美冬がブチギレて追い出されるだけだ。
しとしとと降る雨を見上げて、ふと思う。
ピーマンの収穫はは夏。当たり前の事過ぎて気づかなかったが、ふと考えれば、これからも暫くは研究室や魔法とかにかかわっていくのだろうということになる。
であるならば、いつまで、かかわっていくのだろうか、と。
†
魔法で無理やり発生させた雨なんかすぐに止んで、解散する頃合いには傾いた日が眩しい具合だ。
駅まで歩こうと門をくぐると、見知った車が止まっていた。黒い高級車。
「……アリス?」
ハザードが一回だけ点滅して、助手席のドアが開いた。乗れ、という事らしい。
一体なんだろう、と思ってスマホを見ると、目の前に停車するアリスから、言葉の代わりにメッセージが届いていた。
『美冬に迎えに行けって頼まれた』
「美冬にって……」
一体何のために。
乗って、ドアを締めシートベルトをするとすぐに発車する。
「アリス、今日仕事は?」
『切り上げた』
ダッシュボードにとりつけてあるタブレットに文字が打ち込まれていく。
人間の職員と違って、嫌でもガソリンを飲ませられ、勝手に修理され車検に送られる車は気楽で良さそうだ。
『それで、16歳になった気分はどう』
と無機質に聞かれても、なんの自覚も無い。
『車で言うと そろそろ廃車でも良いくらいだけど』
「そう考えると車の寿命って短いな……」
『というか税金とか維持費とか飽きとか
古い車は税金も上がるし車検も増える
総じて 維持費が高くなる
だったら新車に乗り換えたほうが安い
最近のは燃費も良くなったし エコカー減税もある』
「つまりは人間のせいってこと?」
『そう シルビアなんて20年以上 あの車体で今でも元気に走ってる』
そういえば、と魔導庁で運用されているシルビアの付喪神を思い出す。魔導庁の車の付喪神では最古参だ。
シルビアの後継車が出ないので中身を移せる車体が無く、仕方なく未だにS15のままだが、衰える気配はない。
「なんで古い車って税金上がるんだろう。古いものを大事にするのって重要じゃないの?」
『車は文化財じゃなくてあくまで道具
経済活動の手段に過ぎない
古いのを長く使うより 新しいものを高頻度に買わせたほうが企業は儲かる
企業が儲かるという事は 国が儲かる』
「なんか、世知辛いな……。世知辛いと言うか、産まれてきた車が不憫というか」
『それを言ったら 社畜になって搾取されるだけの人間も 食われるだけの家畜も不憫』
アリスの言葉ないし文字に、何も言えなくなって黙った。
そんなことを言ってしまったら、世界の存在そのものが不憫に感じてしまう。
『大人になったら そんなことも考えずに生きていけるようになる』
「逆……じゃないんだ」
『答えの無い問いを受け入れられるようになる』
「……。そういえば、アリスって何歳?」
『覚えてないし 覚えてても教えない 女子にしていい質問じゃない』
「女子っていう歳?」
──。
急に、シートが倒され、無言のお叱りを受けた。
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