第153話 この女は殺していいんですかね

 召喚術により空間が切り替わると、美冬の視界は空中にあり、高速で動いていた。加えて体も宙に浮いて、重力に捕まって内臓が浮く感覚で気持ち悪くなる。


「っ!」


 途端に、膝裏と肩で支えられた。

 すぐに、主の顔を見つけて安堵する。

「落ちるかと思いましたっ」

「ごめんごめん」

「久々にしてもらうお姫様抱っこがこれって、ちょっと納得いきません」

「帰ったらいくらでもしてあげるから」

 適当にあしらおうとする進に「本当ですね!? 約束ですよ!」と念押しした。居合刀を進に預け、狐の姿に変化し、肩にしがみつく。自分で跳ぶよりも身体強化の魔法を使わない分、体力、魔力の節約と、進の負担軽減になる。


「ご主人様! あれ!」

 見えた。遠くの河川敷に、巨大な妖の姿だ。しかも複数居る。

「一気に飛ぶよ! しっかり捕まって!」

 身体強化の魔法を最大限に、魔方陣まで足元に展開して地面を蹴ると、凄まじいGが二人の身体にかかる。

 遠くに感じていた河川敷がすぐ目の前で、巨大な妖も目の前だ。

 そして、その妖の豪腕が、豆粒みたいに小さく見える人間を叩き潰そうとしているその瞬間だった。


「先に行きます!」

 人型の姿に变化し、刀を受け取る。

「抜刀! 姫鶴一文字っ!」

 刀を鞘から抜きながら唱え、背中に翼を生やし羽ばたいて空を蹴った。

 鶴というよりも翡翠かわせみの如く急降下する。地に着き、振り下ろされた妖の巨大な豪腕を刀で受け止め、弾く。

 すぐに、後ろで転がっていた人間の首根っこを掴み、飛翔して後退。妖と距離をとる。


「危機一髪ですね……」

 ふと、掴んでいた人間を見ると、変に覚えてしまった顔の者だと気付いた。

 正木である。

 そうと気付けば、そのまま横に放り投げた。

 放っておけば勝手に死んでいたはずなのに、これを助けたと思うと心底嫌になるが……仕方無い。


「みふ、大丈夫?」

 遅れて、進が着地する。

 同時に、正木のもとに駆け寄って、治癒の魔法をかけ始めた。

「はあ……全く……」

 美冬は内心、後ろから蹴り飛ばしたくなるのを我慢して妖を見据える。


「他に向こう側で倒れてるのが4人居る。戦うなら巻き込まないように気を付けて」

「……はい」


 退治している妖は、状況が読み込めない様子で、こちらを伺っていた。

 獅子だ。合計で3体いるが、どれもほぼ無傷だ。全部を捌き切るのは難しそうだが……。


「……獅子? あれ、まさか……」

 あの顔は見覚えがある。実際に見たのは人の姿に变化したときの顔だが、これが妖の姿であればこういう顔になるだろう、という獅子の妖を知っている。


「待って! ストップ! 待ってください!」

 居合刀を鞘に納めて闘う意志はないアピールをする。

「この間、新宿で会いましたよね!」

 真ん中の獅子がキョトンとして、暫く美冬のことを凝視して、気付いた。

「……あ、ああ! あのときの! 菊花先輩の友達の」

「そうそう、そうですそうです!」

 なんとも変な偶然、めぐり合わせだ。上手く行けば戦わずに済む可能性が出てきた。


「でも何でソイツらを助けたんですか。もしソイツらの味方だったら、あなたと言えど殺す……!」

 だが獅子は殺意を顕にする。確かに、状況だけ見れば、人間に味方している事になるだろう。

 だが決して美冬にそんな気は無い。


「違いますよ。こいつにこの前の治療費と慰謝料貰ってないんで、死なれたら困るんですよ。それさえ貰えれば、出来るだけ大きな苦痛を与えながら殺したいので、まだ時期尚早なんですよ」


「……は?」


 獅子が、キョトンとした。


「いやだから、治療費貰ってないですし、簡単に殺すのも勿体ないから」

「いや……うん……はあ……」

「それによくよく考えてくださいよ。えっと、あなた、確かご家族が被害にあわれたんですよね? 良いんですか? こんな簡単に殺してしまって、猫パンチで殺すのって勿体なくないですか? とりあえずは、裁判して慰謝料がっぽり吸い取ったあとに、もっと水攻めとか、火炙りとか、爪全部剥がして、手足切り落として、皮膚を削り落とすとか、もっといいやり方あるじゃないですか?」

「いやだから──」

「そうだ! 私達で共同で裁判しましょうよ! で、こいつだけじゃなくて、USMの奴ら全員を訴えましょう! 慰謝料貰えるだけ貰ったら、そのあと、ゆっくり苦痛を与えれ時間をかけて殺すんです。想像してくださいよ。コイツラが悲鳴あげながら死んでく姿」


 美冬は勝手に妄想を始め、ふふふふふと笑い始める。周りにいた人も妖も全員を置き去りにして。


「あ、そういえば、あなたって杉並の獅子組ですよね? なんでこんなところに?」

「友達を助けに来て、それで……」

「なるほど! ではお友達の皆さんもご一緒に、コイツラをじわじわ殺しましょう? きっと楽しいですよ?」


「いやそれは……」

「ちょっと……」

 左右の獅子も、美冬にドン引きして戦意を喪失していた。美冬の訳のわからない事に巻き込まれたくないのだ。


「みふ、やりすぎ。でもありがとう、おかげで戦闘にならないで助かった。ちょっと正木のこと逃げないように見張ってて」

 呆れた進が美冬の頭にぽんと触れて、獅子に駆け寄っていった。


 †


 なんやかんや言い合って、むりやり傷の治療を始めている。

 人間嫌いな妖怪をああも早く手懐ける進のスキルは恐ろしい。もしくは彼が妖怪に好かれる質なのかもしれない。

「人間が先じゃないんですね……」

 しかも、他に倒れている人間が居るのに真っ先に獅子たちに向かっていった。彼は人間として何かおかしいのか。もしくは、USMを良く思っていないからか。


 美冬は彼の姿を確認しつつ、居合刀を抜いて正木に突き付けた。

 彼女は怪我一つなく……というよりも進が全て治したらしい。だが、こんな状況で、座って大人しくしている。

「言うまでもなく、動いたら斬りますから」

「……。なんで助けたの」

「は? 助けてませんよ。ご主人様の入院にかかった費用、払ってもらいますから」


 獅子たちの治療が終わったのか。彼女らはその場から飛び去っていった。

 その姿を見送ると、進がやっと倒れている人間達の介抱に向かった。


「正木ちゃん!」

 背後から菅谷飛鳥が駆け寄ってきた。

 今回の元凶はこれか、と察する。彼女が進を呼んだことには間違いなく、そのせいで美冬は巻き込まれたのだ。

 妖怪の騒動の度にこの菅谷飛鳥が絡んでいる気がしてならない。

 いっそのこと、こいつを殺してしまえば……なんて思ったところで、今更の援軍が到着した。


 アリスと、白いクーペの付喪神、それに乗った花燐だ。

 土手の上で停車し、白いクーペから花燐が降りてくる。

「あれ、もう終わってますか」

 何を張り切っていたのか知らないが、厳ついフラットダークアース色の自動小銃なんか抱えている。

「遅いですよ。で、この女は殺していいんですかね」

「ダメですよ。このあと連行しなきゃいけないんですから。その後、洗いざらいゲロって貰います」


 美冬は溜め息を吐いた。


「だそうです。命拾いしましたね」


 嫌味の如く言い放ったつもりが、正木は菅谷に抱え込まれていて、恐らく聞いてくれてはいなさそうだった。

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