第149話 じゃあ火炙りでいいか

 1億年の年月を体験させる領域制圧魔法は可能か、と美冬から不穏なことを聞かれた進は、少し悩んだ後に、この手のプロであるアリスに意見を請うた。

 そして「時間を操作する事はまだ無理だし、仮に出来ても寿命が来て死ぬ」「体感させたいだけなら精神支配とか神経とかの魔法のほうが実現性がある」「100万円は用意できない」という現実的な返答が帰ってきた。


 美冬の「そうですか」というあっさりした反応と共に「じゃあ火炙りでいいか」という発言が聞かれた。

 

 一体何が火炙りで良いのか、美冬が考える暴力的な事象などいともたやすく予想ができてしまう進は、内心で頭を抱えた。


 †


 立川から久々の満員電車に乗り込み、一回の乗り換えを経て学校最寄り駅に到着する。それなりに久々のような気がするが、たった数日ぶりだ。

 基本的にクラスで孤独な彼を心配する者など誰一人として居ない。せいぜい菅谷飛鳥から連絡が来た程度だ。

 そして彼女も進を心配してではなく「正木ちゃんと何かあったの」だった。

 せいぜい殺し合ったくらいだから、些細なことだ。


 今は8時過ぎ、授業が終わるのは4時半過ぎで中々の拘束時間だ。それを考えると怠い。怪我も治りかけの体にはキツいものがある。


 駅から歩いてやっと学校に付き、階段を上がってやっと自分の机に座り込む。学校なんて行く前は怠いのに、いざ着いて席に座ると妙に寛げる気分になるのはどうしてだろうか。


 進は「はぁ……」とため息を吐いて2秒ほどフリーズしてから、依存癖に負けてスマホを取った。

 スマホでやることと言えば、せいぜいツイッターか美冬に「やれ」と言われたソシャゲのログインボーナスを貰うくらい。もしくは真面目に英単語アプリとかで勉強するか……。電子書籍でも読むか……。


「ねえ、ちょっといい」


 良くない。今は仙狐さんを読むのに忙しいのだ。入院期間で暇に暇すぎてふと試し読みしてから、せっせと買って読んでいる。ただ美冬がいるところで読んでいたら殺されるのはわかりきっているので、こうして彼女がいないところで読んでいると言うのに。


「ああ……菅谷か……」


 この菅谷飛鳥とか言う人間は、その楽しみと癒しでさえ奪おうというのだ。


「で、ちょっといいかって聞いてるんだけど」

 スマホの画面上に表示されている時間を見た。ホームルームまで残念なことに時間はまだある。

「正木のこととかその他諸々は、何も知らないから」

 だがしかし、用事なんてたかが知れている。

「……ホントに? ラインしてもはぐらかすし」

「はぐらかしてない。知らないものは知らない」


 菅谷飛鳥は、正木のことが心配だという。彼女達は友人同士だから、当然といえば当然だ。加えて、菅谷飛鳥は、正木と進がどういう関係の下で対立しているのかもいまいち理解していない。


「正木ちゃんのライン、既読もつかないんだよ……」


「そうなんだ」


 だからどうした、と進は興味がなかった。日本の警察は優秀だ。魔導庁だって優秀だ。妖怪のネットワークも何だかんだで優秀だ。人探しなんて意外と簡単に済む。

 そしてその後、警察と魔導庁と妖怪連中の取り合いが始まる。

 逮捕するか、拘束するか、殺すか。

 それぞれ目的と役割が異る。警察と魔導庁だったらまだ生きて帰れるが、妖怪に捕まっていたとすれば……。


 いずれにしても彼女に捕まる意志がないから、誰とも連絡を取らないのだろう。


 もしくは、菅谷を巻き込みたくないという彼女の意志があるのか。


「菅谷は、あのUSMみたいな奴らと関わりは無いんだよな」


「無いよ。持つ気も無いし。あったら、正木ちゃんのこと探してる」


「なら良かった。もし関わりがあったら、妖怪に殺されてたかもしれない」


 一度時計を見た。時間が微妙な余り方をしている。これ以上話すことなんてないし、会話すらしたくない。

 正木との一連の騒動を思い出すと、気分が悪い。


「とにかく今は黙って待ってなよ。そのうち帰ってくると思うし」


 菅谷は納得しきれないという、しかめっ面をしたまま「……わかった」と引き下がった。

 彼女も、これ以上聞くこともないと、さっさと立ち去る。


 ……。朝から、最悪な気分だ。

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