第146話 だってモヤシじゃん、こいつ

 この状況は何かがおかしい。

 美冬は、なにか漠然と納得できない気持ちで居た。

 現在、進の入院2日目。そして見舞いには、菊花と満里奈が同時に来ている。満里奈の場合は仕事という側面のほうが大きく、先日の件で来ていた。当事者の菊花も居るという事は彼女にとって非常に都合が良いことではある。


 なお、菊花の場合は普通に見舞いだ。


 だが、この状況は何かがおかしい。


 女が多くないか。

 見舞いに来た男は、昨日のおっさん二人のみ。

 昨日のむさ苦しいおっさん共から一転、今日は実にきらびやかで華々しい。


「それで美冬がお弁当作ってくれてえ〜」

 仕事で、事情聴取やらで来ているはずの満里奈は、どうも楽しげに進と駄弁っているのだ。

「あの、満里奈さん。仕事終わったなら帰ってくれませんか」

「え〜酷いなあ〜いいじゃんちょっとくらい〜」

 良くない。この女は煩いし喧しいし騒がしいことこの上ないのだ。

「あ〜もしかして〜ヤキモチやいちゃった〜? もー心配しなくてもこんなモヤシ狙わないよぉ〜」

 ウザい。非常にウザい。

 満里奈は容赦なく抱きついて来て、これまた容赦なく胸を触ってくる。気色悪い。


「あの」

 そして美冬はガッシリと満里奈の腕を掴み、握力で握りつぶそうとしながら体から離す。

「次、ご主人様のことモヤシとか言ったら、満里奈さんとはいえ叩っ斬ります」

 そして、黄色い狐目で睨みつけた。のだが……


「え? だってモヤシじゃん、こいつー」


「はぁ!?」

 美冬がそこまでやっても、満里奈は動じず主張を続けるのだ。馬鹿なのかアホなのか、もしくは頭おかしいのか。美冬はとうとう満里奈という自称ゆるふわ系女子のことがわからなくなってきた。


 美冬が満里奈にヤンヤヤンヤとやっているのを横目に、菊花が「ちょいちょい」と進を呼んだ。

「あの二人はどういう関係なんだ?」

「俺もよくわからないけど……。一応、仕事仲間……になるのかな」

「一応って、仲いいのかあれ」

「いや……美冬はちょっと嫌ってるみたい」

「もう一方は好いてるみたいだけどな」

「いや満里奈の方は可愛いものが好きなだけだと思う」

 まさに、ぬいぐるみとか動物を愛でるかの如く。もしくは子どもとじゃれるかの如く。

 そして満里奈の場合はS気も多分にあり、人が怒っているのを見るのが好きらしいのでタチが悪い。美冬が本気で嫌がっているのを純粋に楽しんでいるのだ。

「あれ助けてやらなくていいのかよ」

「ぁぁぁ……」

 助けると言っても、どう介入すべきかというのは悩みどころである。


「あー……満里奈、そういえばなんだけど」

「ん?」

 ちょうど、美冬の腹をまさぐっているところで満里奈の動きが停止した。

「俺たちが戦った連中ってどうなったんだって聞こうと思って」

「うーん、なんか今はもう警察に協力仰いでてるから、捕まえた奴らの身柄は全部持ってかれたかなあ。色々やってくれるから楽は楽なんだけど、そーいうとろで変な介入してくるのは厄介よねえ~。おかげで妖怪連中が大激怒」

「最後の最後で逃げたのは? 正木って言ってわかるかな」

「ああ~、うん。現在捜索中ってかんじ?」

「学校には……」

「現われてたら今頃捕まえてるよお」

「だ……よな……」

 

 満里奈が会話に入って動きを止めた隙に美冬はエスケープし、ベッドの上に転がり込んだ。離れんという風に、コアラの如く主人に引っ付いて、そして満里奈を睨みつけ威嚇した。

 一方の満里奈は、野良猫に逃げられたときにする残念そうな表情だけした。美冬の扱いはそういう事らしい。


「そんなにつかまらないものなんですか? その人たちって」

 美冬が、若干クレーム気味に聞いた。

「ウチも詳しくはわからないんだけど~なんかネット使って広まってるらしくて収集つかないみたい」

「魔法使いってそんなネットで集まれるほどたくさんいるんですか?」

「んやあ……もともとは霊感持ちの集まりだし? みんながみんな魔法使えるってことは無いと思うけどお……。それでもちょっと力を付ければ弱小妖怪なんて簡単に蹴散らせるしねえ。それに誰がリーダーってこともないらしくて、なんだろ、渋谷のハロウィンのノリで集まってるみたいな感じなのかなあ~」

「渋谷のハロウィンで集まるのがみんな無差別テロリストって地獄ですねそれ」

「ほんとね~」


 ふと見た菊花の表情は険しい。彼女の後輩の家族が被害に遭ったのみならず、彼女自身、それに巻き込まれているのだ。

 それに気づいた満里奈が声をかけた。

「だから、雷獣のお姉さんも気を付けてくださいねえ~?」

「お、おおう……」

 何なら、菊花としては一度魔導庁に属する高千穂による襲撃を受けているので、立場として非常に複雑なことこの上ないのだが。

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