第145話 ストレスでハゲる

「お腹まではいいですけどおっぱい吸うのは心の準備が出来てからにしてください!」

「だから吸ってないって。しかも吸うほどないでしょ」

「ほんっとマジで叩き殺しますよ!?」

 ここまではいつもの流れだ。 

 美冬は涙目で肉球パンチを進の頬に食らわせて、進はそれに「痛い痛い痛い痛い」と泣く羽目になる。


 そしてその痴話喧嘩を見ている朝乃は言うのだ。


「じゃあお姉さんのおっぱい吸う?」

「ブラコンは黙って下さいっ、ていうか帰れ!」

 速攻で美冬の尻尾が朝乃に炸裂する。

 だがしかし、バンッという衝撃音が響くと同時に美冬の動きが止まってしまった。

「やだ」

 そしてニッコリと笑う朝乃の手には、強固に掴まれた美冬の尻尾が、今まさに折られようとしていた。

「ご主人様もきっぱりと言ってください! 美冬のおっぱい以外に興味は無いって!」

「ああ、うん、はい……」

 ただ狐を吸いたかっただけなのに、やかましい事になってしまった。


 美冬は朝乃の手から尻尾を振り払って、獣耳っ子の姿に変わる。そしてゼエゼエと息を切らしながら、朝乃を睨みつけながら進の顔を尻尾で覆った。

「アサノさん、いいえこの際だからと呼ぶことにしましょうか! 金輪際、ご主人様に色目使うのは許しません! 嫁として! 妻として!」

「使い魔でしょ? 弟の嫁として認めた覚えはないからね? 身の程を知りなさい」

 睨み合う二人の間には、火花が散るほどに張り詰めた空気が漂う。あるいは本当にスパークが起きるか、プラズマが発生するか。それ程に魔力がぶつかり合っている。


 美冬が容赦無く魔力を滾らせるので、それを陰ながら進が制御する様は、哀れの一言。 

 だが、ちゃっかり尻尾のモフミを顔全体で堪能しつつ、その尻尾のせいでめくり上がったスカートの中を覗いたりもしている。

「水色……」


 †


「嫌です帰りません」

 と言いながら、美冬はあるじに抱きついて離れようとしなかった。

「今日は帰りませんっ」

 硬い意志で、きっぱりと。

 病院の面会時間もそろそろ終わる時間だ。むしろ、何もない病室でよくもここまで粘ったものだと、進は感心さえしているほどだ。

 

「えー? 帰りに美味しいラーメンでも食べに行こうかなあって思ってたのに」

「今日ばかりはご飯で釣られませんから! ていうかラーメンなら東京とかいうド田舎より実家の仙台のほうが美味い店有りますからあ!?」

「東京が田舎だったら何処なら都会なのよ……」

「群馬!」

「群馬はサバンナでしょ……」


 美冬は鋼の意志で離れようとしないが、進と朝乃は困っていた。担当の医者に美冬が「付き添いで泊まる許可ください」と言ったところ「必要ないでしょ。親族でもないでしょ」とキッパリと断られてしまったのである。

 それを無視し無断で泊まろうものなら、怒られることは確定。そして既にベッドの上は美冬の尻尾の抜け毛が凄いことになっている。


「美冬はご主人様が看護師さんに発情しないかを監視しないといけないんですよ! さっき美人で巨乳の看護師さんが居たんです! もし仮にご主人様のところに来たら、殺さないといけないじゃないですか、常識的に考えて!」

「常識的に考えたら殺すっていう発想はまず出ない」


 などと暫く格闘しているうちに、本当に面会時間が終わってしまった。

 最終的に、まだぎりぎり常識が残っている美冬は折れて、渋々ながらも帰ることとなった。

「明日も朝イチで来ますからね! 何か必要なものあったら何でも言ってくださいね」

「じゃあ粘着ローラー。『みふ毛』が凄いことになってるし」

 やけに必死に言う美冬に対し、進は冷静に返した。

「それとそれと、可愛い看護師さんがいても発情しちゃ駄目ですからね? 性処理は美冬が明日来るまで我慢してくださいね?」

「ああもうわかったわかった……」

「ほんとお願いしますね? おやすみのちゅーは?」

「姉さんが見てるから……」

「見せとけばいいんですよっ」

 と容赦無く吸引され、そしてそれを見せられた朝乃は顔を青くしている。


「みふちゃんちょっとヤりすぎじゃ……」

「お義姉様黙ってて、邪魔しないでくださいっ」

「その呼び方続けるんだ……」

 

 暫く美冬の気が済むまで続き、やっと終わったと思えば、骨が折れそうなほどにキツイ包容をされた。

 最終的に朝乃が美冬を引き剥がしなんとか解放されるも、全身の痛みは引いてくれない。

「じゃあ、姉さん、みふのことよろしく」

 色々と絞り尽されて、進の声には覇気がない。

「うん、進も、みふちゃんがストレスでハゲる前に早く退院しな」

 尤もだと、苦笑いで返した。

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