第144話 で、ナニに使うの?
「手錠と首輪……?」
買い出しの最中、朝乃はスマホに届いたメッセージに首を傾げた。
仕事を早く切り上げ、入院中の愛する弟の見舞いに行こうと「何か必要なものはある?」とそれはそれは配慮に満ちたメッセージを送ったのだ。
返ってきたのは「なんかみふが食べそうなもの」という返事と「よろしく」のスタンプのみである。
そして、なぜか美冬からは「手錠と首輪買ってきてください」だった。
病室で一体何のプレイをするつもりなのだあのクソカップルは。
†
「本当に買ってきたのか……」
と言う進のツッコミには、朝乃もニッコリだった。
「で、ナニに使うの?」
「これはですね? ご主人様がどこにも行かないようにするためですよ。帰りにホームセンター寄ってペット用の檻買って、ご主人様が居ないうちにお家で組み立てておかないとですね。大家さんに壁にボルトうちこんでも大丈夫か聞かないと……」
「そっかー、偉いね」
美冬と朝乃がふふふと笑い合う。
「進、いい機会だし家に帰ってくれば?」
「今の俺にとってその言葉は心が揺らいでしまう……」
どちらに行ってもどうせ自由になれないなら、せめてもの人権が確保される方に行きたい。
「美冬もついて行っていいですか?」
「みふちゃんはダメー。お姉さんと進の邪魔しないで〜」
「えーアサノさん酷いですよおー。美冬はご主人様のお嫁さんですよ?」
そしてまたふふふと笑い合う。
「ご主人様と近親相姦しようものなら、呪い殺します」
「女狐が。舐めてると潰すぞ」
……。
──姉さん、楽しんでるな……。
と弟は感想を抱きながら、手錠を指でグルグルと回した。
100均の玩具で、流石に本物とかではない。朝乃も、わざわざこれもためだけに100均に寄ったのだと考えればかなりバカだ。
そして首輪は犬用の首輪で、ピンクの桜柄が可愛らしい。こちらも、これの為だけにペットショップに寄ったらしい。アホだ。
「みふみふ、ちょっと狐になってよ」
未だに朝乃を睨みつけている美冬を呼んだ。
「なんでですか。まさかそれ着ける気ですか? それご主人様用ですよ」
「いや要らないって。どう見ても犬用だし。ピンクだし」
「お姉さんも、みふちゃんが着けると思って買ってきたんだけど」
「だからご主人様用ですって」
「そこまでは言ってなかったよー。みふちゃんの性癖よくわかんないなあ」
美冬は文句を言い、渋々ながらも狐の姿になった。
ベッドの上で進の足の間に器用に立ち、首を開ける。
首元の毛が抑えられ、違和感が皮膚まで到達した。カチッとバックルが閉じると首輪が締まったことを感じる。
少し緩すぎるか。一度体を震わせると、ガサガサと揺れた。
「あ、可愛い」
進がふと漏らし呟いた。そしてワシャワシャとモフり始める。
「なんかちっちゃいサラみたい」
朝乃が覗き込んで淡々と言った。
サラとは、魔導庁にいるしゃべるボーダーコリーである。プラチナキツネとボーダーコリーの毛の模様はかなり似ていて、そう思うのも仕方ない。
「確かにちょっとわかる。毛色と顔つきは全然違うけど」
「犬と狐だしね」
姉弟が分析するが、美冬としては「犬と一緒にすんじゃねえ」である。だがモフられ続ける分には申し分ないので何も言わない。
「みふは狐目がキレイな黄色なんだよ。顔つきも凛としてるし」
「そう……、そうだね、凛としてる……」
朝乃はあまりわかっていない。
「やっぱネットとかで見るプラチナキツネと比べても、みふは一段と美人の狐だよ。目元のつり上がりが強くないから優しい感じするし。でも妖怪らしい威厳も感じる。口周りとかすごい綺麗」
「あ、うん……そっかあ」
進の方が無駄にわかりすぎている。
あまりの力説に、当の美冬が動きを止めて震えているほどだ。
普段、獣耳っ娘の姿では言われる事のない称賛が、この狐の姿では止めどなく語られる。
口も触れられて、牙を撫でられつつ「見てこれすっごい綺麗でしょ」などと言われる。
「でもすごいな。首輪一つでこんな変わるんだ。普通に驚いたよこれは。これはこれでめちゃくちゃ可愛いよ、うん」
もはや、飼い主バカ。愛犬や愛猫を可愛い可愛いと溺愛する飼い主のそれである。
そしてここまで来ると、我慢できなくなった進は美冬を抱き上げてお腹に顔を突っ込み深呼吸するのだ。
一方、色々と諦めている美冬は、特に抵抗することもなく甘んじて吸われるのである。
「いいなあ……お姉さんもそれやりたい」
隣で見ていた朝乃は物欲しそうにする。
だが、ここから先は美冬が譲らない。
「これはご主人様限定です──っておっぱい吸うのは辞めてくださいって何回言ったらわかるんですか!!」
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