第143話 今のうちに手錠と首輪、着けておきましょうね
早く帰りたいとは思えども、日本の医者は優秀で、まだ少なくとも2日の絶対安静を言い渡された。そんなもの、治癒の魔法を自分にかけてしまえば……と企むも、ここの医者は魔法の知識もあって「魔力も残ってないだろアホか死ぬぞ」とドクターストップをかけられた。
そして、日戸進の暇な病院生活が始まった。
ベッドはカーテンに囲まれ、残念ながら窓際ではない。たとえ窓際であっても、真冬なのでむしろ寒い。爽やかな風なんて決して吹いてはいないのだ。
「……。ねえ、みふ……」
そして日光にすら当たれない哀れな少年は、膝の上で丸くなっているプラチナキツネを撫でながら話しかけた。
「正木って今どうしてんだろ」
「なんでですか」
「やられっぱなしってのも癪だとおもって」
「言いたいことはわかりますがやめてください。周りに迷惑かけるだけです」
「……だよな」
進の珍しく発動した負けず嫌いと闘争心も、美冬の鬼の心で止められる。
当然だ。学生の魔法使いにより組織立って行われる妖怪に対する無差別な暴力行為を、魔導庁という非公開ながらも公的な組織が抑え込もうとしているのだ。今回ばかりは自己防衛として仕方なかったが、もし進が自ら正木に挑もうと言うならば話は変わってくる。
復讐も私刑も、残念ながら許されている行為ではない。
魔導庁の戦略や戦術を乱し、ただ邪魔する行為に過ぎない。
彼が未だに魔導庁へ属していれば、良くも悪くも話は変わっただろうが。
──いや、また無能だって笑われるだけか。
「なんにしても……帰りたい……」
入院一日目……実質、数時間も経っていないが既にこの状況だ。魔力切れで回復もしておらず、治癒の魔法も使えない。
帰るのには当分かかりそうだが……。
「あ、そうだ」
ふと、完璧すぎるアイデアが降臨した。
そうだ、魔力が無いなら補給すれば良いのだ。眼の前には毛玉……もとい妖狐、つまり魔力があるではないか。
「みふ、魔力ちょっと分けてくれない?」
「……どうしてです?」
美冬が顔を上げた。
「みふから魔力貰って、それで治癒の魔法使えばいいんだと思ってさ」
「えっと……いいですけど……」
魔力の特性は個人差があるため、渡された分だけ全て貰い受けるなんてことは出来ないが、やらないよりはマシだ。
早速、魔力を受け取ろうと美冬の肉球を握った。
美冬も割と協力的だ。早く帰りたい進と、早く帰ってきてほしい美冬とでは利害が完全に一致しているのだ。
だが、ふと美冬の頭に疑問が湧いた。
これで良いのか。
このまま魔力を与えて、進が回復してしまって良いのか。
今は、好機なのでは?
「ちょっとまってください」
そう思った美冬は肉球を引っ込め、狐から獣耳っ娘の姿に変わりベッドを降りた。
見下ろすと、進の不思議そうな顔がある。
そうだろう。不思議だろう。
──でも、きっとすぐわかってくれるはず
そう思い、立て掛けてあった松葉杖を掴んだ。
「抜刀、骨喰藤四郎」
素振りをしただけで骨を砕くと伝わる名刀。
既に砕かれている進の骨に有効かと問われれば答えはわからないが、目的には十分だ。
「え、みふ? なんで抜刀したの?」
「ごめんなさい。痛いかもしれないですけど、我慢してくださいね?」
「え? え?」
名刀が宿った松葉杖は白く光る。それを美冬は高く振り上げ、構えた。
「もしこのままご主人様が動けないままだったら、ずっと美冬の側に居てくれる……ていう事ですよね」
それなら、彼が動けない今が好機ではないか。今なら確実に足を砕き、文字通り美冬無しでは生きられない身体に出来る。
そして、治る前にまた砕く。
これを死ぬまで繰り返せば、死ぬまで一生離れない。
「……みふ、とりあえず落ち着こう?」
「落ち着いてますよ?」
「だって、普段のみふなら、そんな、実力行使はしないし、もっと法的手段で攻めてくるだろ?」
録音して家庭裁判所に持っていくなどの法的手段。
いくら刺されそうな状況でも、美冬が包丁を向けてくることは今まで決してなかったのだ。
「でも……」
「みふ、今日昼ごはん食べた?」
「……、まだ食べてません……」
「昨日は何時間寝た?」
「一睡もしてない……です……」
美冬は松葉杖を振り上げたまま、虚ろな目で答えた。黒くは無いが、光を失っている。
「疲れてるんだよ。とりあえず、それ置いて、適当になにか食べてくれば?」
つまり、美冬は頭がおかしくなっているのだ。主に空腹と寝不足で。普段考えもしない事を考えてしまっている状況だ。
「その前にご主人様の足砕いてから……」
「いや、俺の足は暫く好きなときに砕けるからさ、とりあえず後にしなよ」
「今……砕きたいんですよね……。砕いたあとの肉片とか、ちょっと美味しそうですし。味見くらい」
「たぶんアンモニア臭くて食べれたもんじゃないよ」
「でもご主人様の体なら美味しそうですよね」
ぽやーんと開いた口からは、夢見がちなヨダレが垂れた。
「そもそも、俺の足砕いてどうするの?」
「それはですね……? ご主人様が動けなくなれば、お家でずーっと一緒に居られるんですよ? ご主人様は何もしなくていいんです。ずっと、ずっと、死ぬまで美冬がお世話してあげますからね?」
「それだと二人で遊びにも行けないじゃん」
途端、美冬の目が光を取り戻した。そして代償に、松葉杖の光が失われる。
そうだ。失念していた。大いなる利点の裏には、巨大な欠点が潜んでいるものだ。
美冬は松葉杖を下ろす。
進からさり気なく渡されたペットボトルを受け取り、蓋を開け水をごくごくと飲んでいく。
そして飲み干し一息ついた。
「あれ、美冬はいったい何を……」
やがて正気に戻る。
「ご主人様の事を傷付けたら元も子もないじゃないですか……」
美冬の言葉を聞き、進は安心して頷いた。
「だから、今のうちに手錠と首輪、着けておきましょうね」
「違うそうじゃないっ……!」
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