第142話 前立腺だって触れますよ

「え、俺、鼻毛抜かれて起きたの……」

 美冬から少し話を聞いて、結局のオチに唖然、およびドン引きした。

「はい」

「よく俺の鼻に指突っ込む気になったな……」

「別に今更のことです。ご主人様の体なら前立腺だって触れますよ? 余裕で」

 起きて早々、そんな気持ちの悪い話など聞きたくなかったと、顔を歪ませるしかない。

「明日から起こすときは鼻毛抜くことにしますね?」

「お願いだからやめて」

 ただでさえ鼻毛の話をされて恥ずかしいのに、抜かれた挙句にそれが目覚ましとは最早それはただの虐めでしかない。


「あの、それで、体の具合は」

「全身……死ぬほど痛い」

 聞かれても、そう答えるしかない。誇張表現でもなく。

「それより、菊花とあともう一人居た子は?」

「他人より自分の心配してくれませんかね!?」

 美冬がどれだけ心配したと思ってるんですか、と睨みながら頬をつねった。

「ていうかなんで美冬より先に菊花の事聞くんですか!? 泣きますよ!?」

「だって見てくれに元気そうだし痛い痛い痛い痛い!」

 最早何も言うことは無い。存分に痛がれば良いのだ。美冬はただただ黒い眼で頬を引っ張り続けた。このままちぎってしまおうとか考えながら。

「まってまって、みふはどこか怪我とかしてないよな? なっ?」

「今更遅いんですよっ」

「ホントにホントに、ほんとに心配してるからっ」

「ええ! おかげさまでどこも問題ないですっ」

 異常なまでに強力な治癒魔法のおかげで、残念なことにだれも心配してくれないほどに正常だ。


 美冬は頬をつねるのをやめて、ぴんと立った耳を垂らす。ベッドに腰かけ、進の手を掴んだら、そのまま指を絡ませて繋いだ。

「あの時の治癒魔法……。あれのせいでご主人様の他の魔法が──」

「みふが大丈夫ならそれでいいよ。それに、ごめん、着くのが遅くなって」

「それは仕方のないことですし、ご主人様が謝ることじゃないです……。美冬が一人でも戦えたらこんなことにはならなかった……」

「そんなことは」

 そんなことはないと、即座に否定した。だが、進がどう否定したところで美冬の気持ちが楽になるなんてことは無い。

 こんなことにはならなかった、か。

 原因をとことん突き詰めれば、また違った答えが出てくるかもしれない。そもそも、起きてしまったことなど、今更どう言っても変わりはしないのだ。

「学校サボる口実になったから別にいっかなって……感じだし」

「……え、そ、そうですか……」

 急に言われた、突拍子もない慰めにまともに答えることも出来ず。気丈すぎる楽天的な物言いも、聞いている側からしたら面白みなど欠片もない。だが、そのはずなのに少し安心した。進は相変わらず美冬に優しい。


「ご主人様……」

 呼んで、少し腕を伸ばして広げるのがわかりやすい合図。体を気遣いつつも、体重を預けて密着し、腕を背中に回した。

 耳をフニフニと弄り回される仕返しに、首筋を舐めて甘噛みする。

「退院、いつになるんでしょうね……」

「さあ、どうだろう」

 医者や看護師も来ないせいで、教えてくれる人は誰も居ない。

「今すぐ一緒に帰りたいです」

「うん」

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