第141話 鼻毛……
寝ているときに、急に高いところから落下する感覚に襲われるときがある。ジャーキングという現象で悪い姿勢で寝ている時や、ストレスを抱えているときに起きるという。
そして今、美冬にもそれが発生して、体がビクンと跳ねて目を覚ましたところだ。
あれ……ときょろきょろと周囲を見ても、カーテンに囲まれた病室の中で、彼女は丸椅子に座っている状態だ。うっかり寝てしまっていたことをやっと理解し、時間を確かめるべくスマホを手に取った。
午後12時過ぎ。
普段なら昼食の時間だが、微妙にうとうととしていたせいで空腹感はない。
いつの間にか肩から落ちていたストールを拾い上げて、居住まいを正す。彼女にとっても、進が目を覚ますまでずっと見守っているというのも退屈だし、それに落ち着かない。気晴らしをしようにも、スマホでネットを使いすぎては利用制限に引っかかってしまうのでそれは避けたい。
そして、何もやりたくない。
椅子を前にずらして、ベッドに寄る。進の上に突っ伏して、横目で彼の顔を見た。
この角度だと、顎と鼻の穴しか見えない。
「鼻毛……」
男と言うのはどうもズボラだ。伸びるまで気づかないのだろうか。
美冬は、ほぼ無心のまま指を彼の鼻まで伸ばし、人差し指と親指を強引に突っ込んで、つかめたヤツを引っこ抜いた。
ぷちっと言う感覚とともに、長く伸びたソレを回収する。
普通、他人の鼻に指などツッコみたくないが、主のものともなれば気にならない。
そして美冬は謎の達成感に満たされて、もう一回……と反対側の鼻に指を突っ込もうとした。
「ん、ん~……」
進がうめき声のような声を出した。
美冬は驚いて起き上がり、彼の顔を覗き込む。
いつも通りの、朝の寝ぼけて間抜けな半開きの目だ。
「あれ……みふ……?」
「っ!?」
途端に、美冬は進の頭を抱え込んだ。声にならない声を出しながら、とにかく力いっぱいにきつく締めあげて、決して柔らかくない胸に抱きこんだ。
「痛い痛い痛い痛い! 待って待って待ってマジでマジ痛い! ほんと痛い! 待って痛い!」
進がどれだけ痛がって喚こうが関係ない。美冬はそれでもなお離さず抱きしめ続けた。
進は観念して喚くのをやめて、よぼよぼとしながら美冬の髪を撫でる。おかげですっかり目が覚めて、周りの状況等を見る限り、あの後自分が倒れてどこかに運び込まれたのだという事までは察することができた。これは、美冬に心配をさせた自分への報いなのだと受け入れることにした。
それと同時に、胸に抱かれているはずなのに決して包容力を感じないことから、美冬が確かに貧乳であることを再確認したのであった。
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