第140話 相手してもらいますからね
だが眠い。
殺意に目覚めても、ほぼ一睡もしていない彼女の体にそろそろ眠気が襲ってきた。
あの正木を殺すことは後でじっくり考えることにしても、病院で寝ることは流石に出来ない。
気晴らしをしようと、一度起き上がって立ち上がる。
財布を持って、カーテンの外に抜けて病室を出た。
また廊下を進み、目指した場所は自動販売機。眠気覚ましにはカフェインをキメるのは人間も妖怪も同じだ。
進がよく飲んでいる100円の缶コーヒーを買って、一気に飲み干す。馬鹿みたいに不味くて、いつも彼がこれを飲んでいるのがますます凄いと感じた。
缶を捨てたら、病室にすぐとんぼ返りだ。
静かなのかうるさいのかよくわからない空間。
機械の音とか、どこかで鳴ったベルの音、誰かが寝返りを打つ音など、色々な音がなってうるさいのに、ひたすら静かだ。
進はまだ起きない。
たった数分、コーヒーを飲みに行っている間に起きているなんてタイミングが良すぎる事など、むしろありえないか。
また座る前に、彼の頬を両手で柔かく支えたら、唇に軽く口付けをした。
ある程度の寂しさは紛らわせるが、満足はできないし欲求も満たされない。
「起きたらこの分相手してもらいますからね……」
言ったところで聞こえなどしないのだが。呪詛のように愛を囁いてみるのも一興かもしれない。眠っている間に吹き込むことで、深層心理に刻み込むのだ。
「はぁ……。なにやってんだろ」
と、やはりそれも乗り気にはなれず、大人しく丸椅子に腰かけた。
少し肌寒く、来るときに羽織っていたストールを肩にかけた。黒のチェック柄。以前に進が美冬に買って贈ったものだ。
「さて……」
カフェインもキメて、キスもした。眠気は……我慢するとして、頭はスッキリとしている。
考えるべきは一つ。どうあの正木という女を殺すか、である。
当然、
故に、魔法をマトモに使えない自分一人でどうにかするしかない。
狐の姿になって噛み殺すか。犬が人間を殺す事故は良く起きると言う。狐の顎力だって十分だろう。
または呪い殺すか。しかし、進の事を守る上で呪いの勉強はしてきたが、人一人を殺すほど強力なものはまだ知らない。
ふと、美冬は教授から見舞いで貰ったバームクーヘンの袋をとった。偶然目に映ってしまったのだ。コンビニのオリジナルブランドのもので、小さく切り分けられたものが個包装されている。
1つだけ、と思って袋を破き、口の中に放り込んでもしゃもしゃと咀嚼する。未だコーヒーの苦い匂いが取れぬ口の中では、甘さが染みた。
すぐに2つめのバームクーヘンをとった。
「……。はぁ……」
復讐心と殺意に燃えていても、バームクーヘンは美味い。バームクーヘンが美味くて、正気に戻されて、自分にバカバカしくなってきた。
「ほんとに何やってんだろ……」
短時間のうちに、同じ言葉を呟く。
本当に、自分は何をしているのか。
正木の事にしろ、USMのことにしろ、全て魔導庁に任せればいいではないか。自分が下手なことをしたって、
美冬は自分に言い聞かせつつ、だが同時に己の不甲斐なさに苛まれ自己嫌悪するとともに、悔しさが込み上げる。
冷静な思考が、感情を痛めつける。
気付いたら、3袋目のバームクーヘンを開けていた。
どれだけ自分が病んでいても、
結局の所、彼女達はただ巻き込まれただけに過ぎない。ただのしがない狐と、どこにでもいる一般人。それだけの事にしか過ぎないのだ。事情も状況も、なぜこうなったかなんて具体的なところなどましてや知る由もない。
「はあ……」
バームクーヘンのカスがスカートに落ちる。
「変な事に巻き込まれちゃったな……」
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