第139話 あんま無理すんなよ
病室に着いたら、もう既に進は起きていて「おはよう」なんて間抜けに呑気に言ってくるのではないか。そして怪我なんて自分の治癒の魔法で治して、医者もびっくりさせながら今日中に退院してしまうのではないか。
そんなことを考えながら、病院に向かう。
まずどう声を掛けようか。
受付で名前を書き、面会のホルダーを受け取って首にかけた。
階段かエレベーター、どちらか悩む。進の病室は4階であり、エレベーターを使うのには低いし、階段を使うには高い。
結果、エレベーターの前に着くが来るまでに時間がかかりそうだと気付き、結局は階段を登った。
病室の前に立ち、スライドドアを開け中に入る。奥のベッドのカーテンを少し開け、まだ進が寝ていることに期待を裏切られた気分がしながら、荷物を置いて側にあった丸椅子に座った。
あれだけ鉄砲玉なりボウガンの矢なりを食らっておきながら、朝乃曰く「驚異のスピードで傷は塞がり、命に別状はない」という。心配して損をしたが、ならばさっさと起きないか。寝起きが悪いのはいつもの事だが、今回ばかりはひどすぎる。
叩き起こすことも思いついたが、口実もなしに流石に怪我人を殴るのは憚られる。
「そうだ……」
美冬はある重要な日課を思い出し、スマホをトートバッグから取り出すと、カメラを起動し進の写真を別角度から3枚ほど撮った。病院で寝ているのはかなりレア物である。
その写真を確認して「あと何枚か撮っとこうかな……」などと夢中になっていると、突如背後のカーテンが開いた。驚いて振り返り、咄嗟にスマホの画面を閉じる。
「やあ、早いね」
「教授……」
まさかの、一番最初に見舞いに来たのは教授だった。魔法の研究者の中でも(他に研究している学者が殆ど居ないため)トップの研究者。よく進が手伝いに行っている人である。眼鏡をかけて白髪交じりのぼさぼさな頭は相変わらずだ。
「……あ、連絡しようと思ってて……主人がこんな感じで暫くお手伝いには行けないと……」
「あー大丈夫大丈夫。最近は初花ちゃんも手伝いに来てくれてるから」
「そう……ですか。まだあの女生きてたんですか……。あ、そういえばなんでここが? 朝乃さんから?」
「いやいや。ここの病院、魔導庁と仲いいから。面白い情報はほとんど僕のところに回ってくるし。今回は進君だったからちょっとびっくりしてね。あ、これ、お見舞いね。進君、起きたら二人で仲良く食べてねー」
美冬は教授からコンビニの袋を受け取って、お礼を言う。中身は栄養補給ゼリーとバームクーヘンだった。素直に有難い。バームクーヘンはすべて美冬が食べるのは決定。
「面白い情報って? 主人の入院がですか?」
「進君ね、気を失っている間に自分で治癒の魔法を発動して、自分で傷を治してたんだって」
「は?」
「ね? 普通そういう反応になるでしょ? 面白いよねえ。僕も初めて聞いたよ」
寝ながら魔法を発動とはどんだけ器用に寝ているのだ。そもそもそれは本当に気を失っていたのか。
「だからね、起きてたら話聞こうかなーって思ってたんだけど、無理そうだね」
「すみません……今すぐ叩き起こしましょうか」
「いいっていいって。いつでも聞けるから。美冬ちゃん、相変わらず進君に容赦ないよね」
叩き起こす口実が出来るので、美冬としては丁度良かったのだが。その口実を失ってしまったならば仕方ない。ほかの口実を探すまでである。
「あ、先客居るのか」
と、今度は変なおっさんこと、蒼樹が出現した。今日も今日とで黒いスーツをびしっと決めて、口には煙草型のラムネ菓子を加えている。
「あれ、蒼樹君だ。久しぶりだね」
「お」
カーテンで仕切られた空間にオッサンが2人いるだけで凄まじくむさくるしい空間に早変わりだ。
「大学のせんせー様は暇人か」
「暇じゃないよ、君ほどはね」
「俺だって暇じゃねえ」
仲良さげに「ん」とラムネ菓子を差し出して「あ、これはども」と教授も受け取る。
そのまま流れるようにラムネ菓子の箱は美冬の目の前までスライドしてきて、美冬も恐る恐る「ありがとうございます……」と一本抜き取った。
「ああ、これ、見舞い」
と、蒼樹がポケットから取り出したのは、3箱のラムネ菓子だった。ココア味、コーラ味、ソーダ味と勢ぞろい。
「蒼樹君は? 仕事で?」
「当事者に話聞こうって。まあこれじゃ無理だな」
「すみません……。今すぐ叩き起こしますか?」
「鬼みたいな事言うな……」
愛想の悪そうな変なオッサンに言われることではないと思いつつ、先ほどと同じ流れでたたき起こす口実を得られず若干落胆。
「そういえば、教授と蒼樹さんって知り合いだったんですね」
意外な接点だ。そもそも蒼樹との交流がほとんどなく彼の情報はあまりないので、知らないのも当然だった。
「まあね」
「一応。お前、まだ教授って呼ばれてんのか。だせえ」
「誰のせいだと……」
美冬が頭を傾げると、蒼樹が説明した。
「大学の教授っつっても、普通は先生って呼ばれんだよ。まーでもこいつがポスドクだか助教だかのときに皆に『教授だ』っておだて上げられたのが由来じゃねえか」
「教授でもないのに教授だって呼ばれるこっちの身にもなって欲しいよ。今は教授だけど」
教授は教授ではないのか、とやはり大学のシステムを理解していない美冬にとってはわからない話だ。ただ、おっさんが仲良さげに過去の事を語り合っているようにしか見えない。
「帰る。寝てる野郎見てても面白くもねえし。邪魔するのも悪い」
「そうだね」
確かに二人とも進に用事があったのに、それも叶わなければ居る意味がない。
「すみません、わざわざ来てくださったのに」
「ホント気にしないで。進君にはよく休むように言っといてね。手伝いもしばらくたってからお願いするから」
「はい、ありがとうございます……」
「お前もな、あんま無理すんなよ」
「はい……」
意外にも、蒼樹に慰められた。美冬は2人が去っていくのをただぽつりと立って見送った。
すっときて、さっさと帰っていった謎のオッサンたち……。実は進はオッサンに好かれる何かがあるのだろうかと、マジマジと彼の顔を見てみた。
誰にでも好かれそうな顔つきだが、カリスマ性とか猛烈に誰かに担ぎ上げられるような顔ではないことは確かだ。とっつきやすい……。基本的にボッチだが愛想は良い。大人に好かれるのも頷け……──
「だから年上好きかぁあっ」
納得した。需要と供給が合致しているのだ。
つまり、進の年上好きを矯正しつつ、周りの大人共をブロックしなければならないという。だが敵を知れたことは良い。
と、独りで闘争心に燃えたところで虚しいだけだった。結局溜息を吐いて、椅子に座りベッドに横たわる彼の体に頭を乗せた。血流と、心臓の音がいつも通り聞こえてくる。ちゃんと生きているし、本当にいつも通りのはずなのだ。
「……。ご主人様ぁ……。起きてくださぁい」
呼んで、指で頬をつついても起きる気配はない。
やはり、彼女の脳内で「どうしてこんなことに」という問答が始まる。今更言っても仕方がない事ばかりが頭の中に湧いてきて、それだけで頭痛がして、気分が悪くなる。
また、ため息が出た。
自分がもっと強ければ、しっかり警戒していれば。あの時、学校で、あの女を殺していれば。
「そうだ……」
あの女、殺そう。
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