第138話 やること多いな……
「なにしてるの? 大丈夫?」
突如、玄関が開いたと思ったら、満里奈がそこに立っていた。
片手にコンビニの袋を携えて、不審そうな目で美冬を見ている。
美冬が力無く見上げた。美冬が家の中に入ってから少なくとも10分は経っているが、その間ずっとこうしていたのだ。
満里奈は無理矢理美冬を立ち上がらせると、そのまま部屋の奥まで連行する。
「満里奈さん……なんでここに」
「どーせ一人で泣いてるんだろうなーって思って戻ってきたの〜。そしたら思った以上に酷かったっ」
言って、ローテーブルの前に座らせて、コンビニの袋を置いた。
「適当に買ってきたからね〜。ご飯食べてないんでしょ?」
「お腹空いてないです……」
「進から『食欲の化身だ』って聞いたんだけど!? お腹空いてなくても食べるの! せっかく買って来たんだから〜!!」
袋からおにぎりや惣菜を色々だし、ローテーブルの上に開けて広げた。割り箸を割って美冬に渡し「食え食え〜」と促す。
美冬も目の前に置かれた惣菜の誘惑には勝てず、「いただきます……」と箸でポテトサラダをすくっていく。
一口食べると、また一口と止まらなくなった。
家で、満里奈と、なんていう余りにもイレギュラーな状況。美冬は気にはなったが、特に何も言う事はない。
「あの、アリスは……」
「先に帰ったよ〜」
唯一気になったことを聞けば、とんでもない答えが帰ってきた。なら満里奈は電車で帰るのだろうか。
「満里奈さん、明日学校では」
「そー。だから今日泊めてもらおうかなぁって」
「うちに?」
「うん」
なんて勝手な人だろうか、と美冬は呆れて黙った。だが、もう遅い時間で女子高生を追い出すのも躊躇われた。警察に見つかったら補導待った無しだ。
美冬は満里奈の事は最早嫌いの部類だが、今こうして世話になってしまった以上、無下には扱えない。
それに、満里奈は美冬を気遣っている。それに気付かないほど美冬は馬鹿ではない。
美冬は黙ったまま、唐揚げを齧った。
†
布団を敷いて電気を消した。
美冬が進の布団を使い、満里奈が美冬のを使っている。当然の配置だ。
満里奈の適応力と神経がかなり強く、他所の家の他人の布団でもぐっすり眠ってしまっている。隣で美冬は目は閉じているものの、寝付けない。
元々、彼女は寝付きがいい方ではなかった。普段から、夜は眠れず進が学校に行ったあとに寝ることもしばしば。正しく昼夜逆転と言った具合。
腹の中では常にグチャグチャとした恐怖心が煮えている。
何でこんなことになってしまったのだろう、という答えなんてそう簡単には出ない問いだけが頭の中で回った。
今まで普通に生活していただけなのに、妖怪というだけで
いつからこんな事になった?
そもそも
いつどこで主と繋がった?
なぜ自分達が狙われた?
美冬は自問するだけして、頭を抱えた。
頭を抱え、うずくまる。
布団をかぶれば、進の匂いがする。近くに居ないというだけで、いつも嗅いでいる匂いがこんなにも恋しくなるとは。
脳内で「ご主人様」という言葉をひたすら叫んだ。ただただ、声に出そうなのを必死に口を閉じて、疲れるまで叫び続けた。
……。
「頭痛い……」
†
彼女はまさか、進以外の人間のモーニングコールなんてするとは思わなかった。
とてもとても気持ち良さげに眠っている満里奈に向って、ただ冷淡に「起きてください」と体を揺すった。
「んぇ……?」
非常に情けない声を出して、まるでアライグマみたいな寝起きの顔だ。普段、どれだけケバい化粧をしているのかよくわかる。
「顔洗って、ご飯食べてください。化粧するのかは知りませんけど、どっちみち急がないと遅刻しますよ。7時前の電車には乗るんですよね」
「んんんん……」
寝起きの悪さは進といい勝負だ。もしくは人間は寝起きが悪い生物なのか。
かくいう美冬は一睡もしてない。
そして毎朝のルーティン。だが朝食と弁当を作る相手は満里奈だ。
彼女が洗顔やその他諸々の準備を終わらせて居間に戻った際、出来上がっていた朝食に驚いていた。
「これ美冬が作ったのっ!?」
「ええ、まあ」
と言っても、白米、味噌汁、スクランブルエッグにほうれん草炒め。いつもどおりだ。
「いつもこんな感じですよ」
「てことは毎朝ぁ!? 大変じゃないの!?」
「いえ特には。慣れてますし」
「ママって呼んでいい?」
「……。死ね」
絶対に呼ばせないと言う固い意志の表明。
いいから座って早く食えと指図して、満里奈が食べている間に彼女の弁当を作ってやる。美冬自身、何故自分がこんなにも満里奈に対し献身的になっているのか甚だ疑問であるが、結局の所、いつもやっている事と変わらないのである。
「この人何しに来たんだろ」
ふと呟いた。
昨晩、コンビニご飯を持って家に上がり込み、一晩泊まって、朝食を食べているだけ。心配して来たらしいことは理解しているが、余計なお世話だともいえる。
早く出ていってくれないかな、と時計を眺めつつ、冷凍食品を電子レンジにぶっ込むのであった。
†
「いやー弁当までありがとねえ?」
「いえ。弁当のタッパー、返さなくていいので。それ口実に家に来たりとか、ご主人様に近付いたりしたら呪いますから」
「したたか〜」
玄関でやり取りをしつつ、さっさと追い出したい美冬は「ではお気をつけて」と言う。だが満里奈は「えー駅まで行き方わかんない」などと言うが「ググってください」と一蹴した。
「そもそも、多分外にアリス来てますよ」
「アリス……?」
あのV8エンジンと4本の排気口から鳴るアイドリング音が特徴的で、ここからでもよく聴こえる。
美冬が満里奈の横を通って玄関を開けると、やはりアパートに面した道に黒い高級車が停まっていた。
「あなたのこと、迎えに来たのでは」
アリスも中々にマメな性格だ。仕事前にわざわざタクシーの真似事までするとは。
「なんでわかったのっ?」
「耳だけは良いので。アリスの事待たせないで、さっさと行ってください」
満里奈はやっと家を出ていって、最後、アリスに乗る直前に手を振ってから去っていった。
やっと、静寂が訪れる。
振り返って、少し散らかった居間を廊下の奥に捉えると、全身から力が抜けた気がした。
重力が何倍にも感じられる。
まだ食器を片付けていない。
それだけやって、すぐに主の見舞いに行こうと思い、玄関から一歩上がった。
入院はどれくらいになるだろうか。着替えとか、ある程度の日用品を持っていかなければ。何が必要なのか後で調べなければならない。それに教授にも連絡しなければ。進がいつ手伝いに行くのか把握していないから、彼が入院して、手伝いに行けなくなった旨を伝えなくてはならないのだ。学校への連絡は……進の実家がやっているだろうが、朝乃に確認しておけば安心か。
「やること多いな……」
滅多に呟かない独り言を吐いて、とりあえず目の前にあった食器を片付け始めた。
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