第136話 あんまり才能無いのかな

 正木が使うのは精神干渉の魔法だ。それは以前学校で対峙したときにわかっている。

 だがその魔法は防御可能だ。仮に突破されても、絶命させることは出来ない。


「日戸君ってさ、何種類くらい魔法使える? まず召喚術と、治癒と、障壁、あとその刀を作った魔法? 初めて見たけど」


 正木は、精神干渉以外の魔法も使うと考えるべきだ。人を殺せる魔法と言ったら物理的な事象を起こせる魔法。


「無視? まあいいよ。あたしはあんまり才能無いのかな。2種類しか覚えてないの。精神干渉と、あとね」


 本人が2種類と言ったところで、もっと複数種類使えることだってある。

 これに関しては、人間退治のプロたる強襲隊に任せたいところではある。妖怪であればその特徴から行動の推測がとれるが、人間にはその特徴が無い。逆に言えば何でも使えてしまう。


「こういう魔法」


 ……!

 正木の伸ばした左手から、純粋な魔弾が飛び出す。そして速い。

 刀を前方に構えると、その刀身に魔弾が衝突、硬すぎる故に魔弾は砕け、破片が頬を掠り、肩の皮膚を斬る。

 純粋な魔弾だが、特性が硬さに特化した超硬魔弾。

 喰らえば銃弾を食らったようなものだ。具体的にどの口径の銃弾かまではわからないが、この際仕方ない。


 刀を構え、走り出す。

 正木の魔弾が連続して飛んでくる。それを刀で弾くか、弾きそこねて食らいながらも、走り続けた。

 操られている人間が阻もうと突進してくるも容赦無く刀の峰で払い退け一直線に正木へ向かう。

 そして、正木に最大限近付き、左手で首を掴み走った勢いのまま押し倒す。倒れて彼女がどこを怪我しようとも関係ない。左手で彼女を地面に押さえつけたまま、右手に持った固体空気の刀を鼻先につきつける。



「ご主人様! 後ろ!」


 突然美冬の声が響く。だが同時に、肩に衝撃を喰らい、前に仰け反る。

 何かが勢いよく刺さって通り過ぎていった感覚。貫通した感覚だ。

 肩から、血が吹き出す。

 そして続けざまに、また背後から連続して何かで撃たれた。


 膝を付く前に片足を前に出して踏ん張り、背後を確認する。先ほどまで正木に操られていた者の内2人が、それぞれクロスボウと拳銃を構えていた。

 クロスボウは本物。銃は玩具だが魔法でいくらでも威力を上げられる。


 大人しくしていれば良いものを……!


 気付いた途端に、体中に激痛が走り出す。体に空いた穴からは血が流れ出て、最初に貫通された右の肩は力が入らなくなった。

 だが幸い、左手と足と意識は生きている。

 刀を左に持ち替えて、飛んでくる弾丸と矢を弾き返し、瞬間移動の如く跳躍、2人を薙ぎ払う。今度こそ地面に転がって、動かなくなった。


「……。流石に面倒臭いな……」

 

 今一度、正木と向き合う。

 彼女は立ち上がり、魔弾を既に準備していた。

「しぶといな……」

「日戸君も、矢と弾丸食らってよくそんな平気な顔してられるね」

「慣れっこなんだよ、この程度なら」


 正木は深く溜息を吐いた。

 一度進のことを見据え、だが視線はそらさず、互いに動くことを警戒する。

「私ね、妖怪って嫌い。妖怪と仲良くしてる人間も嫌い。いっつも私の事を邪魔してくる。いつも人を騙す。社会にとって要らない、邪魔な存在」

 正木は独りでに話し始めた。話すというよりも、確認するように。

「日戸君ってさ、なんでその妖怪と一緒に居るの?」

「知ってどうする」

「さあね。死ねばいいのに」

「そうか……」

 

 面倒臭いな、この人。

 進は内心そう思って、少し溜息を吐いた。相手するのも馬鹿馬鹿しい。価値観が違いすぎる相手と喋るのは、無駄な体力を使う。せいぜい「ああ、そういう考えがあるんだな」程度の感想しか湧いてこない。


「それで? どうなの?」

「あくまで聞きたいんだな。でも、そろそろ時間切れじゃないか?」

 

 突如、静かな空間に低いエキゾーストノートが響いてくる。

 正木も気付き、少し視線を巡らせてその正体を探るが、まだ見えない。

 そして、正木の遥か後方の交差点から、黒塗りの車が突っ込んできた。明らかに威圧的な音を轟かせながら、確実に正木に当たれるライン。


 正木はそれが後ろから来ると気付いて振り向くと、激突する寸前で横に飛んで回避した。

「な、何!?」

 黒い車は後輪を滑らせて、進の目前に止まるとハイビームで正木を照らす。

 いや、睨みつけている。

「遅いよアリス」

 進は文句を言うが、その返答のためのデバイスは無く、アリスの言葉はわからない。


「ごめん進! 結界張ってる奴を見つけ出すのに手間取っちゃったぁ!」

 そして道路に面したビルの屋上からは、満里奈が何やら人の首根っこを掴みながら手を振っていた。

「あ、あとアリスがぁ、体中血だらけだけど大丈夫かーって」

 満里奈がビルから飛び降りる。パペットマスターの魔法で人形に支えられているおかげで、着地の際は緩やかに降り立った。

「いやめちゃくちゃ痛いしだいじょばない」

「あらあら。でも、こっちのUSMの人達のほうが重症っぽいね〜。どうしたのコイツラ」

 満里奈は周りを見渡し、倒れているUSMの学生達を確認した。

「全部みふがやった」

「おぉ怖っ。助けに来る意味なかったねえ」

「いやいやいやいや。俺が死にかけてるんだから、こう見えて」

「それもそっかー。で、あとはあのこだけぇ? ……って、あれ?」

 そして、正木を睨みつけようとしたが……。そこに彼女の姿は無かった。


「アリス? あのこは?」

『逃げた』

 あっさりとした答えが、満里奈のスマホに送りつけられる。

「ちょっとぉ! なんで追いかけないのよ!」

『追いかけてるあいだに進が死ぬ』

 そのメッセージの直後、進が膝を崩し、アリスの車体にもたれ掛かった。

 同時に、美冬と菊花達を包み守っていた防壁が崩壊する。

 

 美冬が必死に駆け寄っている間に、満里奈が「ちょっと進?」と彼の体に触れて気付いた。

 触れた瞬間に、満里奈の手が血で汚れる。

「ご主人様!」

 美冬が進の元へ着くと同時に倒れかけ、そこを満里奈によって受け止められた。だが、美冬は彼女を押し退けるようにして進に飛びつく。

「ご主人様!! だめ!! だめです!! 目を閉じちゃだめ!! いやぁあ!!」

 お気に入りの服が汚れるのなんてお構いなしに抱きついて、彼の体を揺すった。

「美冬! 動かしちゃダメよ! 傷口が──」

「みふは、もう……どこも痛くない……な……?」

 進が微かな声で美冬に問いかける。

 彼の異常なまでに強力な回復魔法で、美冬の体は嫌というほどに回復しきってしまっている。

 その魔法を少しでも自分の傷を治すのに使えば良いのに。


 美冬は何度も頷く。

 進はそれだけ認めると、そのまま意識を失った。

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