第135話 そっちのキツネは勝手に自滅

 立川に着いて、家に向かって歩いていたら、珍しく菊花から連絡がった。

 人間に襲われた、美冬が隣にいる、と。

 美冬をどうするべきか一瞬悩んだ。

 すぐに召喚すれば美冬は助かる。だが、菊花はどうなるか。菊花は美冬の親友だ。美冬は召喚に応じず菊花の側に居ようとするだろう。

 状況こそ定かではないが、美冬はこうした状況に慣れているはずだ。出来るだけ戦わず逃げる方法を模索するだろう。だが、結界や障壁を張られ逃げられない可能性も大いにある。


 何にしても状況が不明すぎる。召喚術はスタンバイ状態で、美冬が応じればすぐに召喚できる状態に保つ。

 身体強化の魔法を全開で発動し、建物の上を伝って新宿方面へ駆ける。

 途中でアリスやサラ、照憐など、頼めそうな人に片っ端から状況を伝えるが、誰も彼も手一杯だという。同時多発的に似たようなことが起きてしまっているらしい。


 遅い人間の体がもどかしい。未だに召喚に応じないのはつまり、そういうことだ。妙な焦燥感にかられながら、心の中で美冬の無事を祈り続けた。


 †


 主が到着する前に、全員片付けてしまった。

 最初の2人は不意打ちでどうにかしたが、残りの3人がやけに大変だった。接近戦しかできない美冬にとって、遠距離武器を扱う相手は相性が悪い。武器を持っていない相手とやっている間に、ちまちまと後ろから撃たれてやり辛かった。


 だがなんとか倒し、ひと段落だ。

 結界と障壁が未だに解除されていないから、この領域制圧魔法を使っている者がどこかにいるはずだ。


 ただそれを探すにも、美冬の体がすでに限界だった。

 硬いアスファルトの上に膝をつき、両手をついて吐血し咳き込む。戦闘での負傷もさることながら、魔力の暴走のせいで体の中がボロボロだ。

 あとは、主が何とかしてくれるだろうと思って、そのまま力尽きて倒れる。

 意識こそ保っているが、体が動かない。


 隠れていた菊花達が出てきて駆け寄ってきた。二人が無事なら、自分の負傷は些細な問題だ。主が来たらすぐに治してくれるからだ。

 これでもう安心……。


「ほんと、つかえない。この雑魚ども。たかが一匹の妖怪相手に何やってんだろ」

 ふと声が聞こえた。

 途端に、他人の得体のしれない魔力が体中を蹂躙するように走る。嫌悪感や恐怖など、負の感情が一気に脳内を駆け巡りすさまじい拒否反応を起こす。

 これは、精神干渉の魔法。気を緩めれば気絶は間逃れないほどの強さだ。

 事実、菊花と獅子の娘は二人共頭を抱えてから気を失い倒れてしまった。


 誰の仕業か。必死に拒否しながら首を回し、魔法の発生源を捉える。


 正木だ。

 どこからともなく彼女は現れ、10メートル以上離れた道路上にポツリと立っている。


「流石にそんな状態でも利かないか……。じゃ、いいや」


 すると突然魔法の干渉から解放される。

 だが、それは干渉の相手が変わっただけだ。先ほど倒したはずの5人が、意識を失ったまま立ち上がった。


「まずあんたをやる。あと2匹はゆっくりやればいいし」


 まるで腐りかけた不死者の様な歩き方で、ゆっくり近付いてくる。

 逃げなければ殺される。だが体に力は入らず立ち上がることさえままならない。


「前はあんな強そうなこと言ってたのに、ただのカス妖怪か。自分の魔力を制御出来ずに自滅とか、素人でもやらない」


 意識を失いながら動かされている者達に、辛うじて動く程度の手足を拘束され、そして、女の手が、美冬の首元へ迫る。

 徐々にその手の握力は強まり、喉を潰されていく感覚をジワリジワリと感じる。痛いが抵抗すら出来ない。

 ただ掠れた声で呼ぶだけ。

「ご……しゅじん……さ……ま」


 ……。


 ……。


 急に、痛みも苦しみも無くなった。

 感じるのは、たった2点で身体を支えられている感覚のみ。

 薄っすらと視界には、ずっと求めていた存在。

「ごめん、みふ……」

 そっと地に下ろされると、急に周囲を何重もの魔法陣に囲また。魔力が流れ込み、体中の痛みという痛みが急激に消え去っていく。

「治癒魔法と防壁。今はその中に居て」

「……ご主人様っ! 菊花と、あと獅子の娘は!?」

「大丈夫」

 進が目線を送った先には、美冬と同じく防壁に囲まれた二人が居た。


「……。本当はさっさと逃げるのが鉄則なんだけど、流石に人間サイズ3人抱えて走るのは無理だな……」

 溜息。もう少し到着が早ければ全員連れて離脱できたか。

「それで、俺の使い魔美冬と、友達菊花をこんなにしたのは誰だ……」

 進は正木を一直線に睨みつける。

 正木は真顔で、そして冷静だ。彼女を最奥にして、気絶した者達5人を操作し、肉の壁を作る。

「むしろヤラれたのはこっち。そっちのキツネは勝手に自滅。あっちの雷獣と獅子は私」

「先に手出ししたのは」

「ま、それはこっちだけど?」

 随分と素直だ。とてもやりやすくていい。


「……。抜刀、江雪左文字……」

 一度両手を合わせ、左の腰から刀を抜く素振りを見せると、固体空気の刀が、刀剣を宿し現れる。

 同時に領域制圧の魔法で、東京の冬からさらに極寒へ。

 乾燥していたはずの空気は、たちまち吹雪に覆われる。


「数分もしない内に、魔導庁が来る。その前に逃げる事も出来るけど、どうする」


「数分あれば、あんた達全員殺せるよ」

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