第134話 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 なんだかんだで話しつつ、暫く喋り倒し続けた。

 最終的に、美冬に進から「学校終わった」「立川ついた」といういつものメッセージが届いたところで、美冬が「帰る」と言いお開きとなった。


 そして会計で、誰がどれだけ出すかで揉めていた。

「いやいや、菊花に奢られるなら良いんですけど、初めて会った人に奢られるのも悪いですし」

 最初、奢られる気満々でやって来た美冬であったが、奢ってくれるというのが獅子の娘であると知った途端に財布を開けたのである。

「でも私が呼んだんですから……」

「いいよ、オレが出すから」

「菊花先輩が出す必要もないですよ」

「じゃあもう全員で割り勘で良いじゃないですか」

 とガミガミやりあって、結局割り勘となった。


 †


 店を出て、エスカレーターを上がるとすぐ歩道に出る。もうすっかり空は暗く街は静かだ。

「さっむ!」

 菊花が嘆く。

「東京のザコめ」

「うるせえ仙台の田舎もん」

 適当なことを言い合う。

「第一、こんな脂肪の塊ついてるくせに寒いとか何ぬかしてるんですかね!?」

 そしていい口実が出来たからと、菊花の胸を掴み、潰してやろうと全力で握る。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 僻むな貧乳!!」

「ああ゛!?」

 乳をもぎ取ろうとしても虚しいだけで、手を離し溜息を吐いた。

 寒く、空は暗く、静かだ。新宿の中心、新宿通り。車も走っていなければ人も歩いていない。都会は静かすぎると妙に怖いものだ。

「ん……? なんかおかしくないですか?」

「何が……、あ」

「ん?」

 美冬が言うと、二人も気付く。

 特に、元、戦いのプロの彼女はもう気付いた。眠らない街、新宿が静かになるわけがない。そして集中すればするほど馬鹿みたいに感じる魔力。

 人避けの魔法と、非干渉領域の魔法。かつて魔導庁に居たとき、何か行動を起こすときはアリスや進の様な領域制圧魔法のプロ達が行っていた魔法。

 今この瞬間、この場所は世界から隔離されている。入れるのは、この魔法に気付いた者だけ。


「菊花! 今すぐ、さっきのお店の中に入って!」

 すぐ背後に、地下への階段がある。この空間で何が起きるのか検討もつかないなら、隠れてやり過ごすのが鉄則だ。

「お、おい、どうしたんだよ」

「わかりませんけど……とにかく!」

 二人を連れようと振り返ると、だが階段の前には2人の人間が立っていた。

 学生服を着た人間。

 明らかに、厄介な相手だとわかる。つまり、最近、巷の妖怪を襲って回っているという奴らだ。


「すっげ、本当に妖怪が3匹もいやがる。銀獅子組のメス追っかけてたらいいモン釣れたな」

 そのうち片方の、髪を赤く染めたいかにもな男が鼻で笑いつつ片手に魔法陣を展開した。

 口振りと行動から、確実にこちらを狙っている。

「気を付けなよ。正木が言うには、その白い狐は厄介だって」

 赤髪の男を抑えたのは、隣に立つ眼鏡の優男。

「お、じゃあ、例の妖怪使いの使い魔か。いいじゃん楽しそうじゃね?」

 完全にやる気らしい。本来であれば、こんなのに付き合ってないでさっさと逃げるのが定石だが……。


「正木ちゃんに残しといてあげよ? とりあえずその獅子と雷獣は滅しとく?」

 道路の方にも数人。1人の女と、その左右に武器を持った男女が1人ずつ。多勢に無勢で囲まれた。

「おいおいおい、なんかヤバそうなことになってんぞ……?」

 菊花が体から少し放電しつつ構える。

「……菊花、ご主人様に連絡してください。あと、隙を作りますから、その子を連れて逃げて」

 雷獣の菊花であれば、獅子の娘を連れてここから逃げるのは難しくはない。

「え、お前は」

「美冬はいつでもご主人様の召喚獣で脱出できるので大丈夫です」

「でも隙ってどうやって。オレだって戦い方なんて何も知らね──」

「抜刀、姫鶴一文字」

 菊花の話などほぼ聞かず、尻尾に刀を宿す。そして、背中から鶴の翼が生える。

 敵は合計で5人。そのうち武器を持っているのは、道路側の女の左右にいる2人。一人はクロスボウ、もう一人が拳銃。おそらく玩具の銃だが、魔法でいくらでも威力が上げられる。肝心の結界を作っているのはここには居ない。

 

 美冬は魔法を使うと身体が長くは保たない。できるだけ早く隙を作って二人を逃さなくてはならない。

 余裕の人間達は笑って何か色々と言っているが、そちらに構っている必要はない。

 

「おっと、そういえば、逃げようとしても無駄だぜ」

 突如、空間に光の波紋が広がった。それは、物理障壁が構築された時の光であり、ここから大きなドーム状の壁が出来上がっていく。

 菊花達が逃げる退路が塞がれた。この程度の物理障壁であれば、それなりの魔法使いであれば突破できるだろう。

 だが戦いながら障壁を突破するのはただでさえ難しい。ただでさえ魔法の扱いが壊滅的に下手な美冬には無理だ。


「美冬、進、すぐ来るって」

 進に連絡を済ませた菊花が伝える。すぐと言っても具体的にどのくらいかは解らない。立川から……おそらく魔法で建物の屋根や屋上を跳躍しながら来るのだろう。確かに電車より遥かに早いが……。

「ごめんなさい、菊花、逃げるのは無理そうです……」

「まじかよ……。わかった、お前のご主人が来るまで耐えればいいんだろ」

「そー言う事です」

 

 赤髪の男が、魔方陣を構えた手を美冬たちに向けた。

 そして男が、炎の魔法を唱え魔方陣から火炎放射器の如く炎が噴き出すのと同時、一閃、白い光が炎を両断する。

 ほぼ一瞬の間に美冬は男との間合いを詰め、尻尾を上から下へ縦に振るう。刀剣を宿した尻尾の殴打は斬撃とほぼ同義。モロにソレを食らった男は強烈に地面へと叩きつけられる。

 次いで、その隣の優男を補足し尻尾で斬りつける。彼は吹き飛ばされ地面を転がり動きを停めた。


 初動の不意打ちでとりあえず2人は倒せた。だが今ので魔力を一気に使いすぎて暴走寸前。鼻から血が垂れる。

 地面を蹴って魔力で跳躍し、菊花と獅子の娘の元へ。二人の腕をつかみ、後ろへ力任せに投げる。

「2人は隠れて!」

 投げた先は建物の方。先ほどの店へつながる階段とエスカレーターがすぐにある。そこに居れば一先ず攻撃を受けることは無いはずだ。

 菊花が咄嗟に空中で体勢を立て直し獅子の娘を捕まえて着地する。そのまま言われた通り階段を駆け下りていった。


 そしてすぐに道路の方からクロスボウの矢と、弾丸が飛んでくる。身体強化の魔法のおかげでソレを避けるのは容易だ。弾丸は回避し、矢はつかむ。

 細くて持ちにくいが無いよりはマシだ。尻尾へかけた抜刀の魔法を矢に移せば、即席の刀の出来上がりだ。刃渡りの足りない分は魔力の刃で補う。

「あと3人!」

 魔力の暴走で体が壊れるのが先か、敵を全員倒すのが先か、進が到着するのが先か。

 鼻の血を手で拭ってから、次の目標を定め、足に魔力を込めた。

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