第131話 死んでも一緒なら大丈夫ですよ

 食べて、食器を洗って、風呂に入る。風呂からあがって、部屋に戻ると「油臭っ」と気付く。

 そして進が美冬の尻尾をドライヤーで乾かす日課を終えて、歯を磨いて一日の終わりだ。

 布団を敷くタイミングはその日の気分次第ではあるが、今日はまだ敷いていない。

 美冬の尻尾を乾かし終わって、進が今に足を伸ばして座ると、その太腿に美冬が頭を乗せてくつろぎ始めた。

 どれだけ耳をいじられてもお構いなし。


「あの……、明日から大丈夫ですか? 学校……」

「大丈夫って、昼間のアレのこと? 別に放っておけば良いし、何かあったらやり過ごすよ」

「それもそうですけど……。もし美冬があの女だったら、レイプされたって嘘でも何でも言いふらして社会的に殺そうとしますよ。今日だって、ほんとに殺されかけてましたから」

 美冬がボソリと言って、進の手が止まった。

「マジ……?」

「ええ」

「でも嘘だってすぐバレない?」

「バレるでしょうね。アリバイみたいなのも美冬がいくらでも証明できますし。でもそんなの関係無しに言った者勝ちです」

「明日学校行くの急に怖くなって来た……。どうしよう、机無くなってたら」

「机だけなら良いですけど。命が無くなる前に学校辞めればいいじゃないですか。そしたら二人でずっと一緒に居れますよ?」

「学歴も命もないと将来みふのこと養えなくなるだろー。てことで転校する」

 進は急に心臓が痛くなってきて、ため息を吐いた。そして不思議と乾いた笑いが漏れてきた。


「もー寝よ寝よ! 何も考えたくな〜い!」

 半ば強引に美冬の頭をどけたら、ローテーブルの上を片付けて部屋の端に寄せた。

 押し入れから布団を引っ張り出して、寝る準備を開始する。

 この寒い時期、夏みたく暑苦しいことも無いので二人で1枚の布団を使っている。敷いたり片付けたりする手間とか、テーブルを立てかける手間なんかを考えると、これがそこそこ楽だということに気付いた。

 そもそも2枚敷いてもどうせ美冬が進の布団に潜り込むので結局1枚しか使わない。


 進が掛け布団を敷くと、待ってましたと美冬が枕を持って颯爽と布団に入る。その枕は進のものだが、美冬は容赦なく顔を押し付けた。

 いつものことではあるが、進もそれには未だ慣れず見ていて「うわぁ……」と言っている。

「ご主人様のにおい……」

 恍惚として言って、また顔をボフッと埋めた。

「臭くない?」

「いいえ、臭くないですよ……?」

 訊けば即答。そのままその枕を抱いて丸くなった。

「ご主人様、早く寝ないんですか?」

「だからとりあえず枕返して」

「……はぁぃ」

 渋々と枕を手放し、横に置く。とりあえずは自分の枕に頭を載せて端によった。

 電気を消したら、これでやっと進も布団に潜れる。天然抱き枕たる美冬を抱き寄せると、華奢な体躯と柔らかくモコモコした寝巻の感触が良い。

 これならあと10秒で寝れそうだ。

 だが、唐突に唇に柔らかい感触が襲ってきた。

「なんだよ……」


「ちゅーしたんですよ」

 美冬がくすりと笑う。

 美冬が主の体を強引に仰向けにし、身体の上に乗ったらそのまま唇を塞いだ。

 離れることすら許さず、ただひたすら美冬が一方的に主の中に流し込む。ここまでやると彼は大人しく、美冬の蹂躙を完全に受け容れた。


「ご主人様……?」

 まだ唇が触れ合って、糸を引いている。

「もしご主人様が誰かに殺されるとしたら」

 身体を起こして、彼の手右手を両手で掴んで取り、自分の胸に当てる。異常なまでに冷静で、彼の手を越して感じた自分の心臓の鼓動は、正常そのものだった。

「美冬がその前にご主人様の事を殺します」

 主は何も返答しない。左手で彼の右手を掴み胸に押し当てたまま、右手は彼の心臓の上に当てた。

 美冬に反して、彼はものすごい緊張、若しくは興奮しているのがわかる。

「だって、許せないじゃないですか。美冬以外の誰かにご主人様が殺されるのって。有り得ない……。だから、ご主人様を殺して美冬もすぐに死にますね? 死んでも一緒なら大丈夫ですよ」

 ふふ、と笑う。主は美冬だけのものであり、彼に関わるすべての権利は美冬に帰属する。生きるも死ぬも全てだ。

「……、みふになら……」

「……ん?」

「みふになら、殺されても良い気がする……」

 

 ふと言われた言葉が、頭の中で妙に反響した。

 そうか。では、きっと将来、彼の死因は狐の妖怪に呪い殺されたことになるだろう。出来るだけ苦痛のない安らかな慈愛に満ちた呪いで殺してやろう。

 今そう決めたら美冬は落ち着いて、とりあえず眼下にあった彼のパーカーのファスナーを下ろした。

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