第130話 これまた手の込んだものを……

 晩御飯は何が良いかと聞かれて、何でも良いと答えられる問題。これはどうにかならないものか。

 スーパーの入口辺りに堂々と置かれている、近所の小学校の給食の献立表。世間のママはこれに被らぬよう夕飯を決める。世間のプロのママは、これと同じ内容で夕飯を次の月に作る。

 そして美冬は、これを当日に作る時がある。特にこれと言って食べたいものが無い気分の時の手段だ。


 そして今日の近所の小学校の献立はというと。

「ピーマンの肉詰め……。これまた手の込んだものを……」

 これを小学校の1年から6年までの全校生徒分を作るのだから、給食の調理師さん方は神か何かである。 

 そしてピーマンの肉詰めと聞いてもピンとこない。

 前日の献立を見ると、麻婆豆腐とあった。これならば進も文句は言わない。なぜなら、進は麻婆豆腐が好物だからである。

 その分こだわりが強いのだが……。

「ご主人様、クックドゥで良いですか?」

「良いんじゃね?」

 すると、進の顔がキリッとした。非常にわかりやすくて結構だ。


 †


 麻婆豆腐はクックドゥが最も美味いと言って過言では無い。これは美冬にとってのホロ苦い思い出からも証明されている。


 進が高校に上がり、一人暮らしを開始した直後の事だ。美冬が進に召喚させて入り浸り始めた頃のある日、進がクックドゥを使って麻婆豆腐を作って「折角だから食べてって」と美冬に食べさせた時があった。

 グチャグチャの木綿豆腐、バラバラな大きさのピーマン、多すぎるひき肉、雑な切り方のネギ、そしてクックドゥで手抜き。

 主が作ったとドギマギしていたが、反面こんなの絶対美味くないだろうと思って、いやいや食べてみた美冬は、凄まじい敗北感を抱いた。

 美味かったのだ。主が作ったからという贔屓目なしに、美味かったのだ。


 美冬の闘争心が燃えた。これより美味い麻婆豆腐を作ってやると。


 そして彼女の挑戦が始まった。

 クックドゥを使わず、豆板醤、甜麺醤、その他諸々を入れ、ピーマンは普通入れないからと省き、豆腐もちゃんと切った。

 それで食べても、進が作ったものには勝てないのだ。ピーマンだろうか、豆腐だろうか、色々試してもダメだった。

 またある時、進が作った麻婆豆腐を食べて理解した。

 そうか。クックドゥが最強なんだ、と。


 以来、美冬はクックドゥに挑戦することを辞めた。ピーマンを適当な大きさに切って、ひき肉は多めに、豆腐は切らずに、煮ている間にターナーでサクサク切るようにした。


 こうして今晩もチャチャッと作る。ピーマンとひき肉が入っているから、実質ピーマンの肉詰めだろう。

 大皿に盛り付けて、居間のローテーブルに運んでいつも通り言う。

「広東風です。食え」

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