第129話 人それぞれ事情があるってことで

 魔法を唱えると、美冬が持つ居合刀の刀身が輝きを放つ。

「姫鶴……」

 ──キーンコーンカーンコーン──

 得意の刀を呼び出そうとした瞬間、校舎のチャイムが鳴る。いつもならばこの程度の雑音は無視できるのだが、学校のチャイムと言うだけで気が抜けてしまった。

 というか、このチャイムは昼休み終了の音だ。


「……なんだ?? うっ痛……」

 そして続いて視界の外側から呻き声が聞こえた。

 先程美冬が蹴り飛ばした男子生徒が目を覚ましたのだ。おそらく体中痛いだろうが、特に痛むだろう首元を抑えながら、廊下で対峙する彼等を見て固まる。

 気付いたら自分は廊下にぶっ倒れていて、体中痛くて、そして何やら険悪ムードで向きう人物たちが目の前にいると言う状況。


 かたや、2連続で入った邪魔に完全にやる気をなくした3人のうち、正木は溜息を吐いて、教室がある方……つまり進と美冬の横を通って去っていく。

 美冬は刀を下ろし立ち尽くして、進は困惑する男子生徒の元へ。


 白々しく「大丈夫ですか」とか言いながら駆け寄り、肩を貸して立ち上がらせる。とりあえず保健室に連れていくのが良いか。

「みふは……あー……」

「折角ですしご主人様の授業参観でもしましょうか」

「完璧に隠形の術使える?」

「冗談ですよ。帰らせてください」

 すぐにダメと言われなくて、それはそれで困った。

 一応、何かあったらまたすぐ喚んでくれとだけ言う。

 進は召喚術の一つの機能である帰還の魔法を発動させ、美冬を元いた場所に戻した。

 

 一応、怪我人を保健室まで連れて行ったと言えば授業の遅刻も許されるだろう。

 この名前も顔も知らぬ男子生徒には非常に申し訳ない気持ちになりながらも、何も知らない風を装った。


 †


 警戒を最大限にしていた為か、それとも正木の気まぐれか。午後は特段なにかされることも無く無事に授業を終えた。正木との接触は当然避けるべく、電車に乗るタイミングをずらして、そして帰宅した。

 

 家の玄関を開けると、美冬がコートを着込みトートバッグを持って靴を履いているところに遭遇する。

「あ、おかえりなさい。ご飯はまだ無いですし、お風呂もまだ沸かしてないので、今は美冬しか有りませんけど、どちらにします?」

「え、じゃあみふで……」

 もとから選択肢など無い。出迎えのよくある台詞も今は形無しだ。


 美冬曰く、今からスーパーに買い物に行く所だという。なので進は、折角なので荷物持ちくらいはすると言って、彼女の買い物に着いていくことにした。


 そして家からスーパーまで何気に遠い。

 そして寒い。1月の乾燥した空気が風になれば、それはまさしく刃のごとし。そもそも東京は寒いのだ。地形か、アスファルトか。要因はいくつもあるだろうが、寒いという事実には変わりない。

 こんな寒い中長いこと歩くのはキツイ。

「さっむい……凍え死にそう」

 信号待ち中に進は嘆くが、美冬はそうでもなさそうな風だ、

「仙台の山に比べりゃまだまだ暑いくらいですよ」

「そーいうんなら今すぐそのあったかそうなコート脱げば」

「わああ寒いですううう、ご主人様あっためてくださーい」

 美冬はわざとらしく進に抱き着いて、その拍子に手を掴んだ。

 信号が青になってもそれは離さず歩き出す。美冬はきっかけ作りが微妙に上手い。


「そういえば、昼間のこと照憐君に一応連絡しておきました」

「うん。俺も連絡したら『みふから聞いた』って言われた」

「そですか。とりあえず放っておけとは言われましたけど」

「同じく。言われなくても深入りなんかしないよって。関わりたくもない」

「そもそも、なんであんな状況になってたんですか? 途中から来たのでよくわからなかったんですけど」

「途中から来てよくわからないのに、爪剥がすとか言ってたんだ」

「当り前じゃないですか。ご主人様に手を出す女は全員爪剥がして、歯抜いて、骨は一本ずつ砕いてゆっくり時間をかけて殺しますよ。あと他になんかないですかね。痛いけど死なないやつ」

「怖い怖い怖い」

「そもそも、あの女、昨日見た時からなんか怪しいなあって思ってたんですよ。美冬のこと見た途端に殺気立って」

「あー……事情はよく分からないけど、USMの人たちって妖怪嫌いらしいし。なんか、俺が妖怪のみふと居るのが気に食わないらしくて、敵認定されたよ」

「そういうことですか。同情と理解はしますが同意はできません。妖怪嫌いの人間も、人間嫌いの妖怪もどっちも」

「うん……人それぞれ事情があるってことで」

 この話はやめにしよう。

 美冬は言外の意を汲み、他の話題を探した。だがうまいこと見つからない。

「話すごく変わるんですけど」

「うん」

「晩御飯何が良いですか?」

「んーなんでも……」

「それが一番困るんですよね……」

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