第128話 そういうのは速水奨になってから言ってください

 前日に妖怪と戦い、傷だらけになりながら誰かを守り、頭を強打しようとも、翌日の学校というものは容赦なく襲いかかり、社会的に生き抜くためにはそこに行く事を強いられる。


 どれだけ疲労困憊だろうと、1限目から6限目までみっちりと詰められ、どれだけ頭が痛かろうと、その頭の中に色々詰め込まなくてはならない。


 昼休み時間の間にトイレに行って、鏡で自分が死んだ目をしている事を確認しつつ、未だ痛む後頭部をさすった。

 美冬も、ああも突然タックルしてくることはないだろう。曰く、ここまで見事に倒れるとは思わなかった、だそうだが。普通に考えて、運動量で考えで倒れるに決まっているだろう。運動量保存則を知らぬのか。

 

 進は頭の中で使い魔への文句を言いつつトイレを出た。

 

 美冬の事を考えたら、ひとつ思い出す事があった。

 家を出る時に「メスに気をつけろ」と言われたことだ。言い方は悪いが、言いたいことは理解した。

 奇しくも、昨日の出来事で「正木」にも霊感があることが判明した。彼女とは、文化祭以来喋ることも無く一切の接触が無かったため昨日まで気付かなかった。


 気を付けるべき相手は正木だ。


 そして、念押しで言われたもう一言。

「特に背後には。トイレ出たあとの廊下とかも特に」

 美冬に言われたら従わないわけにはいかない。

 

 背後から迫りくる隠しきれていない魔力。

 これに気づかなければ、魔法使いは辞めたほうがいいレベルだ。

 急いで振り返り、実際に迫ってくる人物を認識する。振り上げられた手に持っているのは……果物ナイフ。さすがに素手でナイフを振りかざしてくる者に馬鹿正直に立ち向かうとすれば、本当に馬鹿だ。少し大げさくらいに後退して、振り下ろされるナイフを回避する。同時に足元に不可視領域の魔方陣を展開し、人よけの結界を張る。

 

 確かに、目の前で舌打ちした文学少女は正木だ。

 抵抗すべきか、いつも通り固体空気の刀を作って応戦するべきか。相手の意図も粗方予想はつく。

「……日戸君ってさ、人間だよね」

 前髪が長く彼女の眼はどんな目をしているかはわからない。

「昨日一緒にいたアレって、妖怪でしょ? なんで?」

「菅谷を助けたUSMって、正木さんのことか」

「こっちが訊いてるんだけど……。まあ、そうだけど」

 彼女の質問に答えてやるべきかは決めかねる。それに、この状況から抜け出す方法が思い浮かばない。

「ああ、日戸ってあれか……。狐の妖怪を従えているっていう。じゃあ、私たちの敵じゃん」

「そんなことまで知ってるんだ」

「こっちの界隈だと有名な話だと思ったけど」

「別にどうでもいいけど……。もうそろそろ昼休み終わるからまた今度にしてくれると助かるんだが」

 彼女は自分が学生魔導士連合USMであることを認めたうえで、こちらを敵と認識した。妖怪を敵視したうえで、それに関係するものも敵として認識するらしい。だからと言って相手をしてやる必要もない。

「今度? 別に今すぐ日戸君の事殺せばいい話じゃないの?」

 殺意は無いが、鋭い目に睨まれる。途端に、体中に鳥肌が立ち、脳内にノイズが走り出す。魔力の干渉を受けて、意識が飛ぶ感覚がする。精神干渉、洗脳の類か。

 意識を掌握される前に魔力を体中に巡らせなんとか干渉を防ぐ。

「……。効かないんだ」

 妖怪と戦っていたのだから、精神掌握に対する自衛手段は叩き込んである。加えて、相手への魔力干渉は専門分野だ。あとは、念のために召喚術の準備を始める。一体何をされるのかわからない。

 追加で魔方陣を展開。余裕があるときは美冬に連絡するのだが、そうもいかない。こちらが召喚術を始めれば、あちらが気づいて準備出来次第来てくれる筈だ。

「でも、私が殺す必要もないし」

 つまり、手近な妖怪か何かを呼び寄せたりでもするのか。確かに内側から呼び寄せるのであれば不可視領域の魔法や人避けの結界も意味を成さない。学校の中こそ、トイレの花子さんや理科室の人体模型だったりと妖怪や怪異の巣窟だ。だが今すぐにとはいかないだろう。幸い、この学校には花子さんは居ないし、理科室は遠い。

 

 いや……。その考えはまだ甘かったか。

 もうすでに、背後に凄まじい気配を感じ取っている。

 学校にいるのは、妖よりも人のほうが多い。

 後ろから、野球部員がバットを振りかざしていても一切の不思議はなかったのだ。


 気づいて振り返ったら遅かった。

 もう明らかに硬くて重そうなバッドが、彼の頭を砕かんと迫っていた。

 ……!


 だが、頭上でガンと鈍い音が響き、代わりに頭に痛みは一切なかった。

 ぎりぎりのところで美冬が召喚に応じ、彼女の練習用居合刀がバットを防ぎ跳ね返していたのだ。

 そして、野球部員だろう男子生徒がよろけたところで美冬が上段前蹴りを食らわせ、おろした右足を軸に後ろ回蹴りをお見舞いする。強烈なキックを二連続で食らった男子生徒は、いくら精神干渉を受けていてもノックアウトされては行動不能であった。

 罪なき者を傷つけるのは気が引けるが、自己防衛のためだと割り切るしかない。

「まったく。突然後ろから襲うとは卑怯極まりないですね」

 乱れた髪を払い、進の前に立ち正木と対峙する。

 今来たばかりでも、美冬はこの状況をある程度理解した。目の前の女は敵、以上だ。

 昨日の彼女の目を見て、主に注意を促しておいて正解だった。

「わたくしの主人に手を出したってことは……今すぐ死にたいっていう認識で間違いないですよね?」

 正木は驚く様子も見せず、まるでこれから駆除される害虫を蔑んで見るような目で、ただ美冬を見据えた。

「妖怪が喋んな。気持悪い」

「とりあえず、美冬が足の指先から一センチずつ切り落としていくので、その都度ご主人様が回復の魔法で治してあげてくださいね。ゆっくり時間かけて、苦しませながら殺しましょうね」

 正木の事は無視して、美冬は本気でそれがやりたいのか、「ふふふふふっ」と笑う。

「どっちの指から切りましょうかぁ……。あ、その前に爪はがして歯抜いてからにしましょっ。一度やってみたかったんですよ」

 構えた居合刀を揺らして真っ黒い目で頬を紅潮させながら進に確認を取り同意を求める。進はむしろ美冬に恐怖を抱きつつ、とりあえず「うん……うん……ほどほどにしよっか」と答えた。

「なにそれ。そんな強そうなこと言ってると、弱く見えるよ」

「は? そういうのは速水奨になってから言ってください」

 折角の楽しい時間を邪魔された挙句に推しの声優が言ったセリフを引用され、美冬は怒りを顕わにながら正木を睨んだ。やはり、殺意しかわかない。

 そして、構える。

「抜刀──」

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