第123話 大人しくモフられてる
6限目の授業が終わった。
2週間ぶりほどの、1日ぶっ通しの授業でヤケに疲れた。
普段はこんなもの普通なのに、一度習慣が途切れると結構キツイものだ。
授業中は疲れて眠いのに、終わった瞬間に急に回復するのは一体何なのだろう。帰れるからとテンションが上がるといえばそうなのだが、心理学などの学問的にこういった現象の名前があるのだろうか。
それはそうとして、授業が終わったら美冬に「授業終わった 何か買い物ある?」とメッセージを送るのが暗黙の了解として存在する。
忘れる前に、机の中からスマホを取って画面をつけると、むしろ既に美冬の方からメッセージが届いていた。
『魔導庁に居ます 学校終わったら電話ください』
とのこと。
何故。
まだホームルームが残っているからすぐには出来ない。頭の中に微妙な疑問符を残しつつ、ホームルームが終わるまでの十数分を過ごすのであった。
†
市ヶ谷まで微妙に遠い。魔導庁に到着し、言われた通り小会議室に入った。そこにいたのは、美冬と葵とサラの3名……ではなく。
『遅い』
テーブルの中央に置かれたタブレットの画面に唐突に現れる文字列。
アリスか。彼女は車だから、会議室の中には入れないのでネットで参加。
つまり、合計4名。
狐、雪女、犬ときて車の女子群4名の中に放り込まれる、人間の男。
全員見知った顔及び車体であり、美冬がいる事が気不味くない為の救いか。
「ごめんごめん、学校だったから……」
何を謝っているのか、と自分でも思う。一方的に呼びつけられたのはこちらの方だ。
決して広くはない小会議室。
コートを掛けたら、空いている椅子を探す。そして偶然を装いつつサラの隣に腰を下ろす。
手癖のごとく、隣の椅子に行儀よくおすわりするボーダーコリーの胸毛に手を突っ込んで、ワシャワシャとモフる。
一度モフると英国の草原と、走り回る羊たちを感じる。
大自然と、モフモフ。
まるでここが天国であると錯覚するような。
「ねえ、なんでそんな自然にモフってるんですか」
錯覚だった。美冬の絶望的な声で現実に引き戻された。
「サラもなんで大人しくモフられてるんですか」
サラはにへらと舌を出し、はっはっと言っている。
「んー? 彼ツボ抑えてて上手いわ」
「獣臭移るのでやめて下さい」
だが、進がサラの毛に顔を埋めて深呼吸する。
「いや、シャンプーの匂いしかしないよ」
「まって、なんで吸うんですか? なんで吸うんですか? 嫁の眼の前で堂々と浮気してんじゃねえですよ」
「浮気じゃないよ」
「浮気ですよ。前に言いましたよね? ご主人様は美冬だけモフってればいいって。裁判所行きますか?」
美冬がマジでキレる前に、進が美冬の隣に座ることで落ち着いた。
かと言って、彼女はケモミミっ娘のままでモフらせてくれる気配はない。
†
さて、そもそもの話だ。
「なんでみふがここに居て、それで俺呼ばれたの」
進は一応美冬に聞いた。だが先ず答えたのは葵からだ。
「最初、私が霞の相手するのに美冬を呼んで──」
霞は高千穂の使い魔の猫妖怪で、いつも進は彼女の鍛錬を手伝っている。高千穂が居ないときは葵が面倒を見ているらしいが、今回は美冬を手伝いに呼んだという事らしい。
サラが続ける。
「美冬が『早く帰らないとご主人様が寂しがる』からとか言って早く帰ろうとするものだから、じゃあそのご主人様呼んじゃえばいいじゃんって事で」
葵とサラの説明で理解はしたが、何を言っているのかがわからない。
進は、再度美冬の方を見た。
「……。え、なに、じゃあ、みふと帰るために呼ばれたってこと?」
つまりそういう事だろう。それ以外無いだろう。ここに来てやる事なんて無い。
『送ってあげるから』
「ええ、なんかそれはそれで悪いよ……」
『別に。夜暇だし』
家という家が無く、帰宅ラッシュに揉まれて帰って、夕飯を食べ風呂に入って歯を磨いて……という現代人の最低限のルーティンが必要のない車のパワーワードである。
車の付喪神は、睡眠とガソリン、たまの洗車があればいい。
「来たばっかりですけど、帰りましょー」
と、苦笑い顔の美冬が立ち上がり「その前に、ちょっとお手洗い行ってきます」と会議室を出ていった。
パタリと扉が閉まると、微妙な沈黙が訪れる。
「そういえば、進?」
そんな中、唐突に葵が話を始めた。
「突然ですけど、美冬のことはどう思ってるんですか……?」
さて、急に言われて本当に突然のことだし、漠然とし過ぎている。
進は言われていることを若干理解出来ず「ええ……、どうって何が……ええ?」とヘタで微妙な返事しか出来なかった。
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