第121話 スマホ叩き割られたいんですか?

 寒い中歩いて家に帰ってきた。

 なぜこんなにも東京は寒いのか。太陽に当たる角度がそんなにも重要なのか。一体何がここまで東京を寒くしているのか。

 このやり場のない怒りはどこへぶつければ良い。

 地球を恨むべきか、太陽を恨むべきか、はたまた自然科学、こんな世界を創造した偉大なる何か、このどれを恨めばいい。



 ああ、そうだ。



 モフろう。



 こんな理不尽は、モフみのある生物をモフれば良いのだ。

 何だ簡単ではないか。この世に蔓延る悪しき事象は、モフモフの前では無力。癒やしと暖かさで消え去るのである。



 そう思って玄関を開けると、出迎えたのはモフりみの欠片もない、銀髪ケモミミ美少女だった。

 おそらく今日は、モフれないだろう。



 †



  今日の昼食はかき揚げが乗った蕎麦。

 先ほどスーパーに買い物に行った際、総菜コーナーで見かけてから妙に食べたくなってしまったという、よくあるやつ。

「今から茹でますから、ご主人様は着替えて待っててください」

「ほいほい」

 しわになったり汚したりする前に、制服を脱いで部屋着にしているジーンズとパーカーに着替える。

 着替える時間だけでは、鍋の水も沸騰せず、美冬は台所で待機している。



「あ、そうだ」

 忘れる前に済ませておきたいことがあった。

「みふ、電話していい?」

「ん? 電話くらい別にいいですけど」

「満里奈に」

 その名前を出した途端、美冬の目がこちらに向けられる。

「は? スマホ叩き割られたいんですか?」

「いやでもちょっと、なんていうか……この間のUSM絡みで」

「だから?」

「学校の知り合いが巻き込まれたというか、USMの人と会ったというか、そんな感じで」

「それ、ご主人様と関係ありますか? ご主人様の生活になにか影響しますか?」

「そう言われると何とも言えないけど……」

「なら、電話する必要無いですよね。特に、満里奈の必要無いですよね? 照憐君とか、蒼樹さんでも良いですよね?」

「……まあ、そうなんだけど、忙しいかなって」

「なんですか。そんなにあの女とお話したいんですか?」

「いや、別に、全く」

「じゃあ、なおさら照憐君で良いですよね。どうせ10分も話さないんですから、忙しいったってたかが知れてますよ」



 話しているうちに熱湯は沸いていて、蕎麦の乾麺をパラパラとまいていく。

 茹で時間はおよそ3分。冷蔵庫についてあるキッチンタイマーをセットして、この間にネギを切る。

 それと同時に、耳を研ぎ澄ませて居間のほうに向けた。進が電話で実際に誰とどんなことを話すのかを把握しなくてはならない。

 

 しばらくプルプル鳴ってからやっと出て、その相手は確かに照憐で「なんだどうした」と電話に出た。

 そこからは、適当な世間話を挟みつつ例の事を話し「何が何でも深入りさせないでくれ」と頼まれている。

 最近は、強い妖に喧嘩を売りに行った学生が返り討ちにあって大怪我をする事例が相次いでいるとかで、色々な意味で大変らしい。



 どこぞの者とも知らぬガキが、何処で怪我するなり死ぬなりしようが、我々には関係のない話だ。電話を盗み聞きしつつ、後ほど「へんなお節介焼いて自分が巻き込まれないように」くらいは言って注意しておこう。

 進という生物は、頼まれると断れない特性が有るらしい。



「あと、それと……みふがユーエスエムに遭遇したら、一番最初に誰に伝えさせればいい」

 今度は何の話を。素人の人間如き、大した相手でも無いし。

『お前じゃねえの』

「そうなんだけど。学校にいるときに連絡されても、気付けないと思うし」

『そういう事か。じゃ……あ、満里奈も同じ理由で無理だろーな。となると、サラかアリスだろう。確実なのはアリスの方か。美冬にもそう言っとけ』



 会話の内容は全部聴こえているのだが。

 多少は心配されていると言う事で、悪い気はしない。逆に言えば信頼されていないともとれるが、そこは魔法が下手な故に自業自得か。複雑な気分だ。



 †



 キッチンタイマーが丁度よく鳴って、アラームを止めて火も止める。

 蕎麦湯を捨てるのも勿体ないから、蕎麦は箸でザルに移し湯切りする。

 一旦それを置いたら、予め温めておいただし汁を器に入れ、そこに蕎麦を移す。

 切ったネギと、かき揚げを乗せれば完成。



 それをローテーブルに運ぶ頃には、進の電話も終わっていた。 

 入れ替わる形で進が台所に箸を取りに行って、戻ってきたら二人で食卓を囲む。



「そういえば、さっきの電話全部聞いてた?」

 かき揚げをかじった瞬間に話しかけられて、若干慌てて咀嚼し飲み込み「一応聞こえてましたけど」と答える。

「じゃあ……大丈夫か……」

「そんな突然襲われるなんてこと無いですよ」

 皆まで言うな、と彼が言いたそうなことを先読みした上で楽観的に返した。

「それもそうだけど……」

「おっとてがすべったーって感じで、返り討ちにして逆にぶっ殺しちゃったり?」

「でも魔法下手っぴだからなあ」

「……否定できないので心苦しいばかりです」

 苦笑いしかできない。

 

 そうだ、魔法が下手じゃなかったら、本来なら自分達が誰かを助けに行ったり、USMを倒しにいったりしていたはずだ。

 

 また今回も、誰かに呼ばれて手伝いに行ったりするのだろうか。

 

「また……手伝いに行ったりするんですか? 頼まれたりとかしたら……」

 前回の、馬橋稲荷の時は、最初は進だけ呼ばれていた。最終的に手伝ったはものの、当初は美冬には声がかからなかった。

 今回も、きっとそうなるのか。

「……どうだろ」

 すぐに否定しないあたり怪しい。

「ご主人様、頼まれたら断れない性格ですし。もし本当に手伝うとかになったら、美冬も付いていきますね」

 進は美冬の目を見ると「うん……」と微妙な返事をした。

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