第10章 随分と変なことに巻き込まれてしまったらしい

第119話 じゃあ一生おうちの中にいます? 頑張って養いますよ……?

  起きた瞬間から何故か耳が痛い。

 午前6時半。1月の10日。

 日戸進、学生は使い魔である狐の妖怪、月岡美冬に言われて今日が何の日であるかを知った。

「ご主人様、今日から学校だって覚えてますか」


 これでもかと耳を引っ張られ、吐息交じり怒気交じりの声でやっと目覚める。

 この世の終焉、絶望を感じた。

 冬休みと言う素晴らしき日々が終わる。24時間合法的に冬毛の狐をモフれる日々が。

「みふ……。最期に一回だけ吸わせて」

「嫌ですよ。何言ってるんですか」

「はぁぁぁ……学校行きたくねえ」

「え、じゃあ一生おうちの中にいます? 頑張って養いますよ……?」

「いややっぱ学校行く」

「なんで!? なんで!?」

 

 さぼれないし、と美冬から離れるように立ち上がって顔を洗いにいった。

 お湯を出すのももったいなくて、真冬の刺すような冷水でバシャバシャと洗ったらタオルで拭く。

 とりあえずさっさと制服に着替えて、台所にあるペットボトルに入った常温の水をコップに移してから一杯飲み、これで何となく体が起きた気がする。

 その隣では美冬が朝食を用意している。

 昨日の残りのサラダを冷蔵庫から出し、炊飯器から炊き立ての白米をよそい、先ほど美冬が作ったスクランブルエッグと味噌汁もあわせて、豪華な朝食を食卓に運ぶ。

 普段の平日なら、朝は基本的に一人で食べる。進が美冬に合わせてたたら学校に間に合わないし、その逆をすると弁当が進の学校に間に合わないから。ただ、今日は始業式で午後はないため弁当は不要。休みじゃない平日の朝で、珍しく二人で朝食を囲んだ。


 「いただきます」を言ってさっさと食べる。ただ寝起きでは胃袋も本調子ではなく、微妙に時間がかかる。

 その後、歯を磨いたり身支度を済ませていれば、出発するのに丁度いい時間になって荷物を持った。


「忘れ物ないですか? 財布と定期は? 成績表も持ちました?」

 玄関にて、久々に聞かれる毎朝の確認。

「わかってるって。全部持ってる」

「そですか、じゃあ行ってきますのちゅー」

「……」

 こうしてせがまれるのも毎朝のことだが、叶えたのはほぼない。

 美冬も諦めず毎朝求めるのだが、進の方は気恥ずかしくて、精々くしゃくしゃと頭を撫でるか頬を軽くつねるかのどちらか。

 そして今日は前者だ。

 美冬は非常に不服そうに目を黒くさせながらも大人しく撫でられる。


「さっき、吸わせろとか言ってきたくせに……」

「モフモフを吸うのとは違うし」

 きっぱりと断言すると、美冬は無言で進の耳を抓る。

「痛い痛い」

「どうですか、狐につままれる気分はっ!」

「痛いです……」

「この痛みが、毎朝ちゅーを拒否られる美冬の心の痛みです」

 淡々と述べた後に耳から指を離して、溜息を吐いた。


 流石に申し訳なくなった進は「はいはい」と適当に答えながら彼女を抱き寄せて少しだけ包容する。

「寄り道しないで早く帰ってきてくださいね」

「うん、じゃあ、行ってくる」

 今度こそ扉を開けて家から一歩外に出る。

 一瞬だけ玄関に立つ美冬を一瞥して、廊下を進み階段を降りる。

 1月の東京は寒く、乾燥した空気の中を駅へ向かう。

 

 長期休み明けは非常に憂鬱だ。これから乗る満員電車が今から最悪な気分にしてくれる。

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