第117話 貧乳貧乳貧乳貧乳!!!

「あの、ご主人様……」

『うん』

「隔世遺伝……」

『うん?』

「今すぐ断ち切る方法……無いですか」

『いや、無いでしょ……多分』

「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」

 美冬は膝から崩れ落ち、悲痛に満ちた奇声をあげた。

 一体どこから出ているのか、というほどの奇声。

 誰もいない和室の畳に爪を立て、唇を噛む。

『ばあちゃんもダメだった?』

「……記憶に……ありません……」

『あ、そっかあ』

 進の声は、まるで流れる川を眺めるかのごとく、非常にゆったりとしたものだった。

 美冬の方は、生きてきた中で最大級の絶望を味わっているのにも関わらず。

 世界が残酷ならば、人間は惨たらしい。



『まあまあ、そんな胸にこだわることもないでしょ』

「ご主人様は……美冬が貧乳でも許してくれますか……」

『あ……うん。全然、別に気にしないけど』

 悲壮感に満ちた声にさすがの彼も同情した。

 だが逆に、その言葉は不正解であった。完全に、不正解であった。



 美冬の中で、何かがブッツリと切れた。



「気に……しない??」

 それってつまり

「では……美冬が今までさんざん言われてきた『貧乳』って何だったんでしょうか。巨乳好きのご主人様のために、いろんな努力をしてきたのに……? おかしくないですか?? あの、夏のあの録音、まだ残ってるんですよ。ご主人様の好みって銀髪ケモミミで貧乳ですよね。なにかおかしくないですか?? ねえ……??」

 腹の中がふつふつと煮え始める感覚がする.

 畳を踏み込み、そして立ち上がる。壁をまっすぐ見て、次に天井を見上げる。

 落ち着け。落ち着いて話そう。何事も落ち着きが肝心だ。感情的になっては、まともな議論などできない。

「はぁぁぁああ!? なんなんですか!! あんだけ!! あんだけ!! 貧乳貧乳貧乳貧乳!!! 言っておいて!! ふざけんじゃねえですよ!! あ゛あ゛!? 実姉のおっぱいに発情する変態が!! なにを!! 今更!! 返せ!! 美冬の努力を!! この気持ちを!!」

 無理だった。冷静なんて、無理。不可能。

 肺にある空気を全て使う勢いで叫び、怒鳴り散らしてやる。

「美冬はっっっ!! ご主人様のことを!! 想って!! 一番に考えて!! 生きてるんです!! だから!! ご主人様のために!! おっぱいも!! 大きくしようと!! いろいろ!! 努力を!! してたんです!! これでも!! こ れ で も!!」

『おちついておちついて』

「なに笑ってるんですか」

『笑ってない笑ってない』

「おもいっきり笑ってますよね」

 彼の声は完全に笑いをこらえているソレだった。

 それにより美冬の怒りと悲しみは更なるものへ。

「帰ったら裁判所ですよ。わかってますか」

『すみませんそれは勘弁してください』

 その謝罪のような何かでさえ笑いながら言ってる。

 美冬からしたら理不尽極まりない。努力は全否定され、悲痛な叫びは笑われる。

『じゃあ、貧乳のほうが好きです……』

「じゃあって何ですか、じゃあって! それに美冬の努力は無駄ですか!!」

『じゃあ巨乳のほうが……』

「そうですか巨乳が好みですか!! どうせ美冬は将来性皆無の絶望的な貧乳ですよ!!」

『じゃあなんていえば正解……』

「愛してるって言って!」

『みふはそれでいいのか……』



 散々叫んで、美冬は息を切らしてその場に座り込んだ。

 自分は相当疲れているらしい。貧乳いじりなど今更に始まったことでもないのに。

『落ち着いた?』

「はい……。帰ったらマジで裁判所ですから……」

『はいはい』

 冗談だと思っている。その気になればマジでやるのに。

「愛してるって言ってもらってないです」

『それより、いつ帰ってこれそうなの』

 あくまではぐらかすか。帰ったら覚えてやがれ、と心の中で呪う。

「最速で、3日の夜……だと思います。3日に妖怪連中と集まるらしいので……」

『予定の7日より随分短縮したね……大丈夫なの? 月岡家って年末年始忙しくないの?』

「美冬が居たところでなにかあるわけでもないですし。せいぜい、印象と世間体が悪いくらいでしょうか」

『それほんと大丈夫?』

「照憐君が来てくれるらしいので。ばあちゃんと跡継ぎが一人いれば大丈夫でしょう」

『酷使するよなあ。照憐君、あとで過労死しそう』

「ホント」



 はあ、とため息が漏れた。

 美冬こっちの心配ではなく月岡家あっちの心配をしてくれるか。本当に、気遣いが出来る良き主を持ったなと美冬は心底思った。

 有体に言えば、こっちの気も知らないで、と言う感じだ。

『じゃあ、早くてとにかく明後日には帰ってこれる感じ?』

「そんな感じです……」

『わかった……。やっと天然抱き枕をモフりながら寝れる』

「なんですかそれ」

『寒くて抱き枕がないと寝れない』

「なんですか、寂しいんですね」

『……いや別にもう慣れたし、そんなことは』

「寂しんですね」

『……まあ、うん、めちゃくちゃ寂しいです……』



 少し黙った。

 黙って、またため息が出た。なんだ、と。なんだかんだ言って、あっちもあっちで寂しいのか。

「じゃあ、今日の夜帰りますね」

『いや、別にいいっす』

「はぁ!?」

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