第115話 貧乳にも手を出そうとしているのか

「今、外に居るんですよ……」

『あーそーなんだ。どこいるの』

「ばあちゃん家の庭です」

『なんで……』

「コート着てないんですよ。もうすごく寒くて」

『だからなんで』

「いやもう……何ででしょ……」


 電話の向こう側はとても静かだ。実家にいるのか。

 こちらも、風の音以外はうるさい要素はない。

 

 通話しながら改めて孤独を実感した。声だけでは満たされないらしい。


 かつて、携帯電話が普及した頃、通話でコミュニケーションが済むため人どうしが直接会うことが減るだろうと言われていたという。だが実際は、人は誰かと合うために通話を利用したらしい。

 

 どこで聞いたのか、そんなことを思い出して美冬は正しく今自分のこの状況がそれだと、非常に納得した。


「ご主人様は、初詣とか行きましたか」

『うん。一応。実家の近くの稲荷神社』

 ああ、あそこか、と記憶の片隅にあるモノを思い出した。

『花燐さんと会ったよ。巫女さんバイトやってた』

「久々にその名前聞きました。巫女さんバイト……」

『そうそう。花燐さん、茶プラだし狐耳生えてたから凄いコスプレ感あったよ』

「ああ、そうなんですか。良かったですね」

 電話が始まって早々に、女の話をされる。刺しても文句言われないのではないか。花燐も、進も。

 進は実は年上好みだし、動物好きでなおかつケモミミ好きだからと久々に会って興奮しているのか。

 呪い殺してやろうか。いや、殺すのは本末転倒だ。

 では花燐を呪い殺そう。

 身内とか関係ない。どうせ従姉だ。

「それで、あの貧乳とあって楽しかったんですか?」

『いや、貧乳って』

「あれ、気付きませんでした?? そもそもあっちの家は伯母も娘も貧乳家系ですよ」

『いやその、みふも人のこと言えないじゃん……』

「……。そうではなく、おっぱい星人のご主人様がとうとう貧乳にも手を出そうとしているのかと思いまして」

 一瞬、死ねと言いかけてしまったが、それはつまり己が貧乳であると認めることになる。

 まだ、まだその時ではない。将来性はあるのだ。母が大きいし、妹も成長中。長女たる自分が、このままなわけがない。

「でも、残念でしたね。遺伝とはすごいもので、母がアレですから。美冬もいつかは誰もが羨む巨乳にですね。ええ。肩こりとか汗疹が今から憂鬱ですわ」

『それなんだけどさ。隔世遺伝ってあるじゃん』

「かくせいいでん……」

 唐突に現れた単語に、どうにも理解が出来ずに繰り返してしまった。

「そ、それがなにか」

 親ではなく、祖父母やそれ以前の世代から遺伝を受ける現象。

 劣性遺伝とか、そこらへんの話だ。

『みふママはアレだけど、ばあちゃんってどうなんだろって思って』

「……。すみません。後でかけ直します」

 

 美冬は一方的に電話を切った。

 一呼吸置く。

 さあ、落ち着け。

 まず思い出せ。

 従姉の家の嫁は……たしかそこまで大きくはなかったと記憶している。だから花燐が小さくても不思議はないのだ。

 我が家は言わずもがな。

 では、祖母はどうだろうか。

 そもそも祖母の胸などいちいち見ない。

 あの、バラライカさんをそのまま日本人にして三次元に出したようなばあちゃん。

 かつて、魔導庁で『あのババアはヤバい』と言わせた、実質日本最強……いや、世界最強の妖怪。

 月岡家の威厳は、あのババアによって保たれていると言っても過言ではない。


 さて、そんなババアも今は一線を退き仙台で隠居生活だが……。

 どうだったか。

 年寄りの脂肪など、いちいち覚えてなどいないのだ。

 思い出せ。思い出せ。


 いや、まてよ。


 直ぐ側にいるでは無いか。本人が。その、玄関をくぐった先に。


 美冬は足早に玄関の戸を開け、ブーツを脱ぎ、怒られる前にちゃんと揃えて廊下をズカズカと歩く。

 台所で一升瓶を片手に豪快にあおるばあちゃんを発見し、そして頼み込んだ。

「ばあちゃんっ」

「あ゛?」

「ばあちゃんの若い頃の写真、残ってないですか」

「あ? 今でも若いわ! 殺すぞ!」

「ばあちゃんみたいな老いぼれが美冬に勝てるわけ無いんですから」

 ばあちゃんは鼻で笑って「おめえも言うようになったなあ」と一升瓶を持ったまま「ついてきな!」と豪快に言う。

「旧ソ連、KGBの素人共に戦い方を教えてやってた頃の写真を見せてやる!」

 妙に楽しそうなババアは、台所を出て廊下をドシドシと進んでいった。

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