第112話 非リア童貞か
初日の出を見ることなく、美冬からの電話で朝に起きた。
1月1日
午前7時
日付が変わっただけで、いつも通り。
ただ、9時には出掛けなければならなず、それはダルい。家に居られるなら無限に居たいものだが、そうも行かないのが人間の生活だ。
†
東京の正月は寒い。晴れていても、太陽さえ意味のないような乾いた寒い風が頬を裂く。
コートを着込み、マフラーをしても防げない場所はある。
立川の駅について、そこそこ人が居る中を歩き、電車に乗り込む。
車内は、それはそれで蒸し暑い。かといって、コートを脱げるようなスペースはない。せいぜい、前のボタンを開けるくらいしか出来ない。
スマホをいじりながら適当に時間をつぶして、乗り換えを二回ほどして、およそ夏以来の地元に到着した。
地元の駅も立川ほどではないにしろそこそこ人が多い。
そして家まで微妙に遠いのだ。
とりあえず姉に「駅着いた」とだけメッセージを送ったら、無意識に刷り込まれた家までの帰り道を歩いた。
†
家の前に着くと、相変わらずでかい敷地と、妙に威圧的に感じる家のドアの前で立ち止まった。これを開けるのに地味に度胸が要る。
大したこともないのに、何となく息を整えたふりだけしてドアを開ける。
以前のような姉による強烈な出迎えはない。
玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩いてリビングまで行くが誰もいない。
さてどうしたものか、と行動を決めかねていると、後ろから気配を感じた。
少し振り返って横目で捉えると、それが父親で有ることに気付く。挨拶も無い。
できれば姿だって見たくなかった程だ。にもかかわらず、最初に遭遇するのがこの人物。まだ姉と最初に会ったほうが楽だった気がする。幸先が悪い。
†
近所の稲荷神社に来た。
普段は寂れたこの場所も、この季節だけは賑わっている。
進は片手に一升瓶が入った紙袋を携えて、父親が誰かと喋っているのを離れた場所で待つだけ。最低限、他の参拝客の邪魔にならない場所でスマホをいじる。
この酒も誰かに渡すのはわかるのだが、誰に渡せば良いのか。何も言われず持たされて、妙に居心地が悪い感じがする。
暇になると、スマホをいじるしかやることが無い。例のごとく、ニュースサイトをサーフィンして若干時間が経つ。
そして、妙な気配……というよりも威圧を隣から感じて視線を移すと、真隣に巫女らしき人物が行儀良く立っていた。
薄茶色の後ろでまとめた長い髪と、ピンと立った狐耳。
「ご無沙汰しております」
大人しく弱々しい声音。
「ど、どうも……」
意外な人物の登場で、返答もタジタジになる。
実家の道場に通っていた狐の妖怪。彼女もまた月岡家で、もっと言えば美冬の従姉であり照憐の妹。
「少し、鈍ったのでは。気付くまでが長過ぎると思われますが」
開けているのかわからないような、伏せた目でも睨まれているのを感じる。進は苦笑いで返し、この恐ろしい話題を回避する。
「花燐さんは何でここに」
「見てわかるでしょ。バイトです。バイト」
「バイト……」
巫女のバイトということか。それも、ケモミミ巫女。稲荷神社で狐の巫女。明らかに狙ったであろう構図。
「珍しいですね。ミフが居ないのは」
「ああ、はい」
「前は四六時中着いて回ってたのに。離れて10分で不安になるレベルで」
「ああ、まあ、はい……」
それに関しては今も同じようなもの。少なくとも1時間に一回程度は連絡しないと美冬は泣く。
「加えて、お父さんとご一緒とはさらに珍しい。反抗期のガキのくせに、偉いですね」
一切否定できないので、これも乾いた苦笑いでやり過ごす。
「花燐さんは、いいんですか? バイト中にここで油売ってて」
「いえいえ。今も仕事中ですよ。ただ突っ立って、参拝客と雑談するのが仕事ですよ」
「そ、そですか」
その仕事は随分と楽そうで良い、と魅力的に感じる。
「すぅは、もう高校生でしたっけ」
「はい……一応」
すると、突如デカイため息を吐かれた。はぁぁぁっと。非常に悲しげなため息。
「こんなちっちゃかった糞ガキが……」
と、親指と人差し指で1センチの隙間を作って言う。
「いや……」
「私も歳取るわけです。殺しますよ」
「そんな言われても……」
「で、高校入って彼女でも出来ましたか? 従者があれだからといって、出来ないことはないでしょ」
「いや、生憎そういったのはないですね」
その美冬が居る時点でそんなものはありえない。言いふらす事でもなく、余計なことは言わないようにするが。
すると、花燐はまるで何かに勝ち誇ったかのように、嘲笑う。
「フッ、非リア童貞か」
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