第105話 このクソ寒い時期に
じゃあ、そろそろ、といった感じで。
どうせまたすぐに会えるのに、一生の別れみたいな寂しい顔をして、桜色の魔力となって消え、そして仙台に帰っていった。
立川の自宅に一人残った進は、身支度を済ませる。
美冬や姉が選んで買った服。それとジーンズ。
荷物を準備。スマホ、財布、ハンカチ。とりあえずこれくらい準備しておけば十分だ。
暫く待つと姉からメッセージが届いた。「着いたよー」という内容。
それだけ観たら、ジャケットを羽織って荷物を持ち、玄関で靴を履いたら家を出る。鍵をちゃんと閉めて、階段を降りる。
アパートの前には、大きなエアインテークとロータリーサウンドが特徴的な白い4ドアクーペが止まっている。
その助手席のドアを開けて、乗り込んだ。車によくある芳香剤の匂いは、未だに慣れない。
だがセミバケットシートのホールド感のある座り心地は悪くない。
「おはよー」
「うっす」
簡素な挨拶だけしたら、朝乃はシフトレバーをNから1へ。ウィンカーをつけて、ハンドルを回し、少しアクセルを吹かしながら半クラッチで進み道路の中央へ。すぐに2速、3速と上げていく。
交差点が近づいてきて、ウィンカーをつける。だがすぐ赤信号だ。ブレーキを踏み、エンストしないようにクラッチを切る。
青信号まで、ロータリーサウンドを鳴らしながら止まって待つ。
「最近どう?」
「普通。ほんとに普通」
「普通かあ~」
朝乃は何とも言えないみたいな息を吐いた。
「姉さんは?」
「うーん、普通」
「そうなるでしょ」
いいことも悪いことも、騒いで報告するほど起きてはいない。
信号が青に変わるも、優先道路の車が流れてなかなか入れない。
タイミングを見計らい、やっと曲がれる。2、3と上げて行って、流れに乗る。
「どこいこっか」
「……ううん」
この姉弟が二人で出かけるときは買い物に出かける以外は基本的にすべてノープランで動く。
適当に車を走らせて、疲れたらコンビニで一旦止まって休んでとか、そんなのを繰り返すだけ。
「海とか行かない??」
「このクソ寒い時期に???」
「だからこそ。はいはい行くよ」
進路は決まった。
目指すは三浦半島の海だ。
立川から思いっきり南下すれば到着する。
運転している姉に変わり、弟がスマホでルートを検索する。
「中央道経由で行くか、保土ヶ谷バイパスで行くか。時間も数分しか変わらないから誤差の範囲」
「んー、悩む。中央道経由でいいか……」
地図アプリを開いたまま、スマホをダッシュボード上のスタンドに取り付ける。
あとは、勝手に道順を教えてくれる。
「そういえば……、なんでRX-8買ったの」
会話がなければ少し退屈だと思って、ふと気になったことを訊いてみた。
みふパパといい、姉と言い、進の周りにはマツダ車に乗っている人が多い。
「あ~結構悩んだよ」
「そうなんだ。何がどんなふうに?」
会話をしているからと言って、視線を彼に向けないのは運転に集中している証拠だ。
「クーペとか乗りたくて最初、シルビアとロードスターで悩んでて」
「8は選択肢になかったんだ」
「そう。それで、ロードスターは壊れてるけど月岡のパパが持ってるからいいかって思ってシルビアにしようかなあって思ったの。でも、ほら、魔導庁にもシルビア居るから、じゃあいっかってなったの」
確かに、魔導庁にはGSの付喪神だけでなく、シルビアやランエボなどの付喪神もいる。というのも、機動戦力として足の速い付喪神を集めたらこう言った車しかなかったという事情だ。
「で、MR-2は高いし、180はなんか違うし、インテグラはFFだから」
「ああ、姉さんFFアンチなんだ」
「そそ。前と後ろにタイヤがあるんだから両方使えよっておもって。あとは……MR-Sか。これは小さくてなんか違うなーって」
「ロードスターと大差なくね?」
弟のツッコミにはそのまたインを行って避けた。
「じゃあ、なにが選択肢で残ったかなって思ったらこれだったの」
「それで、消去法で選んだ結果は?」
「大正解。ほんと大正解。免許取ったらのせてあげるよ」
「あと2、3年か……」
なんとなく、遠い先のように感じた。
そのころには受験をやっているだろう。ちゃんとした大学に入っていたら良いな、なんて他人事みたいに思う。未来の自分の事なんて、他人のこと以上に想像できない。
「免許取るときどのくらい時間かかった?」
「3か月かなあ。早い人は1か月でとるよ」
「へえ……。30万くらいかかるって聞くとなんか取りに行く気無くすんだよな」
「まぁね。でも取っておかないと不便だし」
「とっても買う車がない……。なんか、みふパパがロードスターくれるって言ってるけど、どこまで信用できるか」
「月岡パパは嘘つかないから信用しなよお。までも、買う車がないのは同感」
「買う車がないっていうか、買って維持できる金がない」
「若者の車離れだねえ」
日野バイパスを降りて中央道に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます