第102話 眼がハートになってる

 美冬にとって、あるじが居ない夜二日目が来た。

 まだ二日目か。明日はまだ29日か。元旦まであと何日あるのか。

 布団に潜って電話越しに、一応彼の声は聞こえるが、会話が途切れれば静かになる。会話など、今日あったことがどうだったとか、その程度しかない。

「あの、何でもいいから……喋ってください……」

『ええ……えええ……』

「もうマジ無理ですほんと無理です死にそうなんです」

『ええ……大丈夫?』

「だいじょばないです!! もうヤダ……辛い……」

 ほぼほぼ泣きそうな声しか出なかった。

 若干、また静かになると『じゃあ』という彼の声が続く。

『今から、召喚するよ。朝まで一緒にいよう』

 美冬が魔力の保存を解いて、魔法で返せなくなる可能性もゼロではないが、美冬がこれ以上壊れるよりはましだ。

 そして美冬も、彼のその言葉を待っていた。

『戻りたくなくなるかもしれません……』

「無理やりにでも返すよ」

『戻らなくてもいいとは言ってくれないんですね』

「そこはちゃんとしないと……」

 優しいが、優しくない。

 美冬はそれで諦めて『いつでも』と告げて通話を切った。


 †


 明かりをともした部屋に、赤い魔方陣が浮かび、赤い光と白い光が混ざって桜色に光る。

 そして、寝巻きのワンピース姿の美冬が現れる。

 召喚術は、召喚する側はかなり疲れる。だが、召喚される側にはあまり関係ない。元居た場所に少し魔力を残せばいいだけ。

 手にはスマホを持って、そして存在がこの場所に認識され確立された瞬間、美冬は進に飛びついた。

 凄まじい運動エネルギーが進の体に襲い掛かり、後ろに倒れそうになったのを片足を引いて何とか持ちこたえた。

 美冬は無言で抱き着いたまま、彼の胸に頭を押し付ける。

 進はとりあえず彼女の頭を撫でて、その場に腰を下ろした。

「一先ず、おかえり」

 いうと、安心しきった顔で涙を流す彼女が見上げた。

 そのまま、いつもの恒例行事として、頭をつかんで唇を当てる。容赦なく舌を突っ込んで嘗め回して唾液を流し込む。力任せに彼を押し倒したら、引きはがされそうになるのもお構いなく、重力を味方につけて彼の体を蹂躙する。

 おおよそ、キスというかわいらしい言葉では足りないほどの、獣が獲物を貪る行為に近い。さながら、生きるために糧を食らうような。

 だが、事実、この狐にとっての生きる糧はあるじそのものであり、これはあやかしとしての本能に近い。


 だが、捕食されている少年からしたら、そんなことより自分の呼吸のほうが重要だ。いくら従者のものであれ、唾液を容赦なく流し込まれ口をふさがれ、体中をまさぐられれば苦しくもなる。

「ああああ!! しつこい!!」

 美冬の肩をつかんで、腕力任せで引きはがした。

 彼女の口から引き延ばされた糸が落ちる。

 すぐに腕で口元をぬぐった。毎回毎回これだ。もう少し加減というものを知らないのか、と睨みつけたが美冬の目は今にもまた襲い掛かってきそうな風に、ハートの形だ。

「まって、みふ、その眼は初めて見たんだけど」

「ええ?? 何が……ですか?」

「眼がハートになってる……」

「ええ? そうですか??」

 美冬は一切気にせず、進の寝巻きの上に着ているパーカーのファスナーを下ろしていく。

「えっと、みふ……なんでパーカー」

「だって邪魔じゃないですか」

「なにが?」

「ん?」

「え……」

 彼のパーカーの前が開くと、今度は美冬が自分のワンピースの裾をつかんだ。

 そして、かわいらしく不敵に笑った。

「えへ♡」

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