第99話 近親相姦だけはやめてください

「無理、辛い、死ぬ」

 完全に病んだ狐はずっとこれしか言っていない。

 ソファに寝転んで、持ってきていたあるじのシャツを被り唱えている。完全に妖怪が唱える呪詛である。

 12月28日の朝、正月まではかなり長い。長すぎる。1月1日まで、なんと80時間以上ある。非常に長い。だがやることと言えば、挨拶回りとか年末の大掃除とかそんなのばかりだ。

 進と連絡を取ろうにも、彼にも用事があって今は無理だ。今日は高千穂の手伝いに行っている。あの二人は何だかんだで仲がいい。

 そして明日は姉の朝乃と出かけるらしい。ブラコンとシスコンの姉弟は、色々と異常だ。「近親相姦だけはやめてください」とあるじには釘を刺しておいたが、朝乃の方がヤバそうだ。おっとりお姉さんを装っているが中身は鬼神。

 弟を取られて妬むのはわかるが、それとこれとはまた別問題である。

「はぁ……辛い……」

 ずっと進のシャツを被っているせいで、段々と匂いに慣れてきてしまった。

 実家に帰ってきて家族はすぐ近くにいるのだというのに、酷い孤独を感じる。


「美冬、寂しいのはわかるけどちょっと手伝ってくれない? 美夏は遊び行っちゃったし、父さんも忙しいし」

 母親が色々と大荷物を抱えて忙しそうにしている。

 今日は月岡家で、道場の生徒が集まって毎年恒例の餅つきをする日だ。

 忙しければ人生の辛さも紛れるかと思って、硬く重苦しい体を起こし、立ち上がった。


 †


 市ヶ谷にある魔導庁、その休憩室にとある人間と妖怪が集まっていた。 

「久々に葵さんの弁当食べた……」

 アルミホイルに包まれたおにぎりをひとくち食べて、日戸進は妙に感慨深くなった。

 そのおにぎりをはじめとした、豪勢な弁当を作った張本人である雪女の葵は「そうね」と、進の隣で微笑む。

「美冬のとどっちが美味しいですか?」

「模範解答が一切無さすぎて答えるに答えらんないんですけど」

 当然、どちらも美味いが。

 美冬のは愛妻弁当、葵のは母の味だ。

 現役の頃は、よく彼女が作った弁当を皆で囲んだ。そして葵についたあだ名は『母上』である。

「そういえば、美冬は? 最近あの子どうしてますか?」

「今は仙台です。今日は実家の道場で餅つきやるって言ってましたよ」

 と言いながら、美冬から送られてきた臼の写真を見せる。

「月岡のあそこの道場って、毎年餅つきやってるらしいんですけど、毎年子供がきねを臼にぶつけて壊すから、木の破片が餅に入っちゃって大変らしいんですよ」

「餅つきあるあるですね」

「餅つき……やったことないな……」

 葵の向かいに座る高千穂が、そんなことを何気なしに言う。

 そもそも、餅つきなど都会に住む一般人がやる機会などそう多くはない。

「あら、そうでした? 1回はやってるはずですよ?」

「いつ?」

「えっと……あれ……ケントがまだ3歳とかの時でしたっけ」

「いや覚えてるわけないだろう」

「えー? あら、そうですか? じゃあ、来年やります?」

「やりたいわけではないのだけれど」

 

「……なんか親子を見ている気がしてきた」

 高千穂と葵のやり取りを見て何となくそう思う。

「こんな出来の悪い息子はイヤですね」

「悪かったね、出来が悪くて」

 仲も良いらしい。

 彼のことを幼い頃から知っているだけあって、保護者的な貫禄はある。

 見ていて、面白い二人だと思った。

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