第96話 1時間毎には連絡ください
人ごみのすごい、東京駅の改札の前。
美冬はある程度の荷物だけ持つ。実家に行けば、私物はそれなりに置いてある。
離れたくないだけの感情でかなりゴネて、新幹線の時間までかなりギリギリだ。
クリスマス以降、ずっと消沈したまま。昨日は寝るまで、否、寝ている間もずっとべったり引っ付いたままだった。
その気持ちを引きずったままここまで来た。
まるでこれが一生の別れみたいになってしまっているが、魔法という便利なものを使えば一瞬で会えてしまうはずだ。
「そろそろ行かないと」
進が促すも「はい……」と彼女は消沈したまま。
「そんな落ち込まないでよ。どうせすぐ召喚だってできるんだから」
「そうですけど……、そうじゃないんです……」
進にとっては、ただ物理的に離れるだけ。だが、電話やチャットなどの便利なネットの機能とか、召喚術という便利な魔法など、その物理的な距離を縮める手段があるおかげで、大した寂しさはない。
だが、美冬は違った。
離れるという状態が、彼女にとってもう無理なのだ。進が学校に行くのとはわけが違う。彼が学校にいる間は、彼が確実にその場にいて、そして帰ってくることがわかっているから許容できる。
だが、仙台と東京の距離、同じ家で生活しないという状況、帰省しているという事実が、心理的にヤバイ。
「いつ戻ってくるって言ったっけ」
「遅くても7日には、早くて明日……」
「いや、早すぎでしょ」
美冬の態度こそは本気そうだが、進は笑ってごまかした。
彼女の不安そうな手が、彼の手を握る。いつもみたいに、遊ぶように絡ませたりにぎにぎしたりと。彼女は手持ち無沙汰になるといつもこうする。
「美冬がいないからって、不摂生な生活しないでくださいね。朝昼晩とおやつで何食べたか聞きますから。あと、起きた時と寝る時は必ず連絡してくださいね。いや、ちょっと足りない……。1時間毎には連絡ください」
「流石にそこまではめんどくさいな……。ていうか、俺のお母さんかよ」
「いいえ、嫁です……。分離不安の小動物です……」
自覚はあるが、だからと言って解決できるほど人も妖怪も完璧ではない。いつものやり取りも、覇気がない。
このまま新幹線をスルーするのではないかと、そのくらいに離れる気のない彼女を気遣って、進は一度彼女の髪を撫でてから「じゃあ、気を付けて」と体の向きを変えさせる。
前はもう少しさっぱりしていたが、最近はひどく粘着質になってしまった。
キツネというよりも、彼女自身が言った通り、飼い主のもとを離れたがらない小動物、ネコのようだ。
現状では、美冬の方が飼い主のはずなのだが。
美冬は最後、今にも泣きそうな顔で一度振り返ったが、そのまま改札を通り、あえて振り向かぬように足早に奥へ、そして人ごみに紛れていった。
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