第95話 姉さんに怒られそうだし
電気製品量販店の下にある連絡通路のシュークリーム屋で一人一個ずつのシュークリームを買った。
たこ焼きの誘惑にも負けそうになったが、そこは我慢してそのまま駅へ直行し、総武線に乗った。お茶の水で一度乗り換える必要があるが、座っていれば立川に着く。40分もあれば着くから、そこまで遠いわけでもない。
帰宅ラッシュに当たってしまい、立ち続けるのは少しキツイが、そこでヘタレるほど彼らはそこまでやわではない。
「やっぱり……帰りたくない……」
美冬が小声で独り言ちる。
「え、なに……じゃあ新宿寄る?」
それを聞き取った進は驚きながらも何かしら提案できるものを考えた。
「そうではなく、実家に」
修飾語がないと、こうして意思疎通が不正確になってしまう。
「ああ、ビビった。シュークリーム腐っちゃうよ」
「冬だからそれは大丈夫でしょうけど」
二人して軽く笑う。
「電話してれば寂しくないでしょ」
「電話だけだと寂しかったからこっちに来たんです」
夏の話だ。彼女が突如として押しかけ女房のごとく仙台から来た理由として、数あるうちの一つとして挙げられたのが「寂しかった」から。
「それもそうか。俺の世話から解放されると思ってゆっくりしてきなよ」
美冬は首を横に振る。彼は基本的に察しが良い人間で、その時その時で良い解答を持ってくる。
そして今も、良い解答だ。一般的には、という事で。
彼女としては、先程一瞬だけ漏らしていた言葉をもう一度、いや、あと10回ほど意味は同じで言葉だけ変えて言ってほしいだけにすぎない。
難しい要求ではない。
だがもう言ってはくれないことを察して、気持ちだけは気持ちらしく気持ちの奥にしまい込んだ。
「美冬が帰ってる間、ご主人様は何してるんですか?」
自分の話をしていると我儘が出てくるからと、さっさと切り替えた。
彼は少し「あー」といつも見たく間抜けに考えて、答える。
「一応、俺も実家に戻るのかな……。姉さんに怒られそうだし」
双方ともに、親元を離れて1年目もしくは半年。年末年始の行動のフォーマットが定まっていない。
特に進の場合は、基本的に実家には帰りたくないので、今のうちに「正月も家には帰らない」というフォーマットを作っておきたいのだが、そうもいかなさそうなのが、実家とか家族とかそういうものだ。ありがたいのかそうではないのか、進とその家の関係は「絶縁状態」とは限りなく遠い。
「それに一応、毎年親戚で集まってるし」
日戸家はそこそこ親戚が多い家だ。とりあえず正月だからという理由で集まるだけだが、それでも行かないわけにはいかない。
正月とは、本当にめでたいのかそうでないのか、いまいちよくわからない。
「一応、言っておきますけど」
「うん?」
「初花に浮気したら、呪いますから。一生美冬から離れられない呪い」
「わ、わかりました……」
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