第94話  天然抱き枕

 メイド喫茶は基本的に時間制である。だんだん楽しくなってきた美冬は少し名残惜しく感じるが、進にとってはノー問題だ。

「ご主人様がお出かけになりまーす」

 帰るとは言わない。お出かけというのだ。当然だ。入るときには「おかえりなさいませ」と言われたのだから。

 菊花には「お仕事頑張ってね」とだけ伝えて、メイド喫茶を出発する。


 お腹も心もいろいろな意味で満たされたので、あとは美冬の推しを尊ぶ旅に出る。

「それで、どこ行くの?」

「とりあえずメイト行って、アクキーのカバー買います」

「あ、はい」

 最近通販か何かで買っていた推しのアクリルキーホルダーがあって、しかも二つあり、一つは100均で買ったケースで展示しているが、一つは使用目的で買ったものの「絵が削れたらいやだ」と使えていなかった。

「あとは……適当にぶらぶらして、飽きたらケーキ代わりにシュークリーム買って帰りましょ」

「はーい」

 

 予定通り、超激混みなオタク御用達の店で目当てのものを購入し、人の多さで死ぬ前に店を出た。

 さて、次どうしようかという進の問いかけに美冬はうーんと悩む。

 まだ帰るのにはもったいない。かといって、思い浮かぶのは何もない。

 そして、こういう時に男がエスコートするのが甲斐性というものだろう。

「じゃあ、神田明神行こうよ。有名どころで気になってたし」

「おぁ、それはなかなかナイスアイデアですね」

「でしょ? 縁結びの効果があるって」

「え? 今更必要あります? すでに固く固~く結ばれてるのに?」

「よしじゃあ今度、初花ちゃんと行ってこよっと」

 その瞬間、美冬は光を失った目であるじを見上げ、こう唱えた。

「抜刀」


 †


 神田明神の拝殿で、賽銭を納め二礼二拍手一礼する。

 しばらく手を合わせて、気が済んだら直った。

 次の参拝客へ場所を譲るため、さっさと段を降りる。

「みふは何かお願いしたの?」

「神社というのはお願いをする場所ではなく、日頃の感謝を伝える場ですよ? 普段安心安全に暮らせて、美味しいご飯を食べれることに感謝するのですよ」

「なるほど……」

 美冬は現実的でかつ厳格な性格だ。カミがいるかどうかはわからないが、カミに小銭で程度で何か願うほど高慢ではない。

「ご主人様は? 何かお願い事したんですか?」

「まあ……一応……」

「どんなのを?」

「将来ちゃんとした仕事に就けますように……って」

「へ、へえ……」

 将来が心配になってくるお年頃か。

 美冬は「一応考えているんだな」と関心をする一方で、窮屈すぎる彼の気持ちを心配した。

「もう少し、気楽に考えてみたらどうです? 焦ることも無いですって」

「焦るっていうか、まあ、うん……」

 いまだ定まらぬことを無駄に考えて、不毛な話をする必要などない。


 参道を外れて、境内の裏の方へ向かう。神社の中には、小さな神社がいくつもあって、そちらへもお参りするためだ。

 きつねはきつねらしく、稲荷神社へ賽銭を入れ、同じように二礼二拍手一礼。

 たとえ小さな神社でも、そこで参拝すれば本殿でしたのと同じという。また、神社に本当の意味での格付けはない。管理を楽にするためにあるだけという。

 そのまま、表ではなく裏の、小さな鳥居をくぐってビルに挟まれた細く狭い階段から神社を出た。

 広い道路を車が行き来する場所。

 秋葉原といえど、ここまでくるとオタク的な何かは見えない。

 進路を右にして交差点に当たればすぐにオタク街だが。


「これが今年最後のデートですね……」

「必然的にそうなるか」

 日付は12月25日、一年の終わり。

 ただ、デートなど言うほどに多く行ったわけでもない。

 夏に何度か、学校の文化祭とその程度だ。

 加えて、明後日の27日には美冬は実家の仙台に帰省する。仙台に行ったところで世の中にはネットという便利なものがあり、そして召喚術を使えば一瞬で会えるしおそらく実質的な距離は変わらない。

 だが、二人とも何となく寂しい気分で居る。

 進の終業式が今日という日で、計ってか計らずかクリスマスデートみたいになったが、これは暫く離れてしまう前に寂しさを紛らわすためのものでもあった。

「暫くみふの手料理が食べれなくなるのか……」

「召喚してくれれば毎日作ってあげますよ」

「いいよ、召喚術って結構疲れるし」

 何気に大掛かりで、なおかつ体力も魔力もごっそり持っていかれるのが召喚術だ。やらなくていいならやらない魔法だ。

「あとは……天然抱き枕もなくなるからなあ……」

 今みたいな寒い季節には、恒温動物を抱いて寝るに限る。とても温い。

「やっぱ帰省するのやめましょうか……」

「いやあ、それはだめだよ。みふママもみふパパも心配するし。っていうか、従者を正月すら帰らせないような酷いあるじになりたくない」

 一般論、常識的に考えて。

 それに、最近ではそこまでうるさくはないが、美冬は月岡家というあやかしの名家のお嬢様だ。お嬢様が男、それも学生の家に入り浸って専業主婦している状況は若干異常だったりする。

 美冬の進依存が凄まじいせいだ。

「今のは……ちょっと引き留めてほしかったです……」

「それこそ、みふがいつも言うみたいに首輪で鎖につないででも引き留めたくなるから、俺だって心を鬼にしてんの」

「じゃあ、ペットショップで買っていきます?」

「買わない」

「じゃあ自分で買います」

「いや、ほんと要らないから」

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