第93話 こんこんきーつね

「失礼致しますクソリア充ども〜。フードメニューはご覧になりましたか〜?」

 金髪ツインテール巨乳メイドがニコニコと微笑みながら、美冬の「推しが尊い」トークを延々と聞かされる進、という二人組のもとへやってきた。

 しゃべるのに夢中になっていた二人は空腹さえ忘れていた。そしてたった今思い出す。そもそも進の学校終わりに直で来ているのだから、つまり昼食などはとっていないし、そして時間も1時過ぎている。

 菊花としては冷やかしに来た友人にとりあえず金を落とさせようとするのは当然のことである。

「いやここ高いし他のところで済ませようと思ってたんですけど」

「メイド喫茶に来てオムライスにお絵かきしてもらわないとか正気の沙汰じゃねえぞ」

 主婦としての正論とメイドとしての正論がぶつかり合う。

 メイドはとりあえずメニューを引っ張り出し、フードメニューを開いて見せる。

 オムライスとかハンバーグセットとかカレーなど、定番のものが非常に可愛くなっているものばかりだ。

「味的なおすすめはカレーなんだけど、定番としてはオムライスだな」

 メイドさん自ら教えてくれるのはとても良心的だ。となれば、丁度美冬と進で二人なので、決めるのは簡単だ。

「じゃあ、二人で分け合えば丁度いいか」

「そうですね~。じゃあ、オムライスとカレーおねがいします」

「いや、そんなもんねえよ」

「いや、今自分で言ってたじゃないですか」

 諦めの中に抗議を交えた、非常に冷徹な言い方だ。

「やだ~お嬢様ったらこわ~い。わたしぃ、おバカちゃんだからぁちゃんと言ってくれないとわからないんですよぉ」

 ノーマルとメイドの使い分けが妙にはっきりしない。

 美冬は諦めて言った。

「ぴよぴよふわふわおむらいしゅ……ください」

「他にはございますか?」

 美冬はあるじを睨みつけ、視線で言った。私が言ったのだか貴様も言え、と。

 そして少年はまたも意を決した。一度似たようなことを言っているから、もう怖くない。

「めいどちゃんのあちゅあちゅかれぇ……以上で……お願いします」

「かしこまりました、ご主人様、お嬢様♡」

 にっこり笑顔はメイドのソレだが、踵を返して去っていく際に見えた笑みは、全に他人をもてあそぶ悪霊の笑みであった。


 †


 そろそろ専属メイドになり始めた金髪ツインテール巨乳メイドこと菊花が、器用にぴよぴよふわふわおむらいしゅとめいどちゃんのあちゅあちゅかれぇを運んできた。

 先ほどの進の「二人で分け合えば丁度いいか」という発言をしっかりと聞き取っていた彼女は、有無を言わさずおむらいしゅを進の前に置いた。

「ご主人様、こちらのおむらいしゅにケチャップでお絵かきしますよ~お絵かきのリクエストはありますか?」

「え……みふ、なんかある……?」

「FD3S」

「オレにあの平べったい上に丸いし線も多い車を描けと? ケチャップで? せめて8にしてくれ」

「え、菊花も車詳しいの」

「義務教育だろ」

「ええ……」

 義務教育の敗北である。

「じゃあ、せっかくご主人様の前にあるんですからご主人様が選んでください」

「うーん、そうだなあ……」

 せっかくだから何を書いてもらおうか、と悩んでいると美冬のケモミミが視界に映った。

「あ、じゃあキツネ」

「はーい、ご主人様♡ こんこんきーつねですね♡」

 非常に短絡的思考だが、仕方ない。彼にとって一番身近な動物は、犬でも猫でもなく狐だから。

 メイドさんはマジの目になって、集中を研ぎ澄ませて狐を描いていく。

 誰もが思い浮かべる、細い目と三角形の顔のキツネだ。ひげもちゃんと再現している。

「できまーした! ご主人様♡ こんこんきーつねーですよ♡ リアルキツネお嬢様も一緒に、せーの」

「「こんこんきーつね」」

 完全に適応したリアルキツネは反応も早く、そしてなんだかもう吹っ切れて楽しんでさえいる。


「それではご主人様、美味しくなる魔法をかけますので、ご一緒にお願いしまーすっ!」

 少年は恐怖した。噂には聞いていたが、まさか本当にこれをやるのか。

「ほ、ほんとにやるの……」

 彼はたった一握りすらない希望をもって最後の確認を取った。

「ご主人様、覚悟決めてください」

 だが、従者の言葉は冷徹で

「そうだよ」

 メイドの便乗は恐ろしいものだ。

「それではご主人様、おいしくな~れ、萌え萌えキュンというので、一緒に唱えてください♡ せ~の」

「「おいしくな~れ、萌え萌えキュン」……」

 メイドは笑顔で手でハートを作り、そして美冬もそれを真似て元気に言えた。

 だが、進の声はだんだんと小さくなっていった。これが、当然許されるわけもない。

「おい、声小せえぞ。やる気あんのか? ちゃんとやらねえと美味しくならねえから。しっかり言うまで無限ループだからな?」

「うっ……」

「もお、ご主人様、恥ずかしがらずにやってくださいよ」

「むしろみふは恥ずかしくないのか……」

「楽しんだもの勝ちですよ、こーいうのはっ」

 つまり、普段からメイド以上の奉仕をたった一人にしている彼女にとって、ここはある程度の慣れでどうにでもなってしまう、むしろ楽しめてしまう、いわば彼女は勝者なのである。

「それではご主人様、今度こそおいしくなる魔法をかけますよ~、せ~の」

「「おいしくな~れ、萌え萌えキュン」」


 この時、確かにおむらいしゅやあちゅあちゅかれぇは美味しくなっただろうが、少年の心には羞恥という名の刃が深くささり、あちゅあちゅかれぇを食べる前に体はあちゅあちゅになって、萌え萌えな冷や汗が萌え萌えしたのであった。

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