第86話 ウザいしキモいし臭いし
高頻度ではないが、二人で風呂に入ることはよくある。ただ、その度に湯を張っているとガス代がバカにならないので、シャワーだけの時が多い。
本格的に冬になってくると、一つのシャワーだけではどちらか一方が寒いので、進の魔法の出番だ。熱力魔法で浴室を温める。
熱を吸収するより、魔法で空気にエネルギーを与えればいいだけだから、温めるのは割と簡単だ。その気にならなくても、多少の心得があれば誰でもできるものだ。
ワシャワシャと美冬に頭を洗われて、心地よさに進は目を横棒みたいに細くしている。
「どうです? きもちーですか?」
「最高でーす」
「筋肉痛に耐えてる分、さらに気持ちいハズです」
美冬の自己犠牲に、進は苦笑いで返した。
暫く頭が泡でもこもこになって、シャワーで流される。
たまにはこうして人に任せっきりになるのも面白いものだと思った。
「なあ、みふ」
鏡に映った美冬と目を合わせた。
彼女の髪も先程洗ったばかりで、シナっとなって肌にぴとりとくっついている。
黄色い目が愛らしい。
「はい?」
「みふにも、反抗期ってあった?」
パチクリと、丸い目が瞬きする。
「父さんには現役で反抗期ですけど」
「え……、聞いといてアレだけどちょっと意外」
「ええ? そうですか? ほんと、口もききたくないとか、ありましたよ? お父さんウザいしキモいし臭いし」
「パパのと一緒に洗濯しないでーとか言ったり?」
「言ってましたよ。後々、自分のものは自分で洗濯するって言う自己防衛しましたね〜」
「家出して夜遊びとかは?」
「それは流石にしなかったですけど、ご飯の時以外は、誰とも顔合わせたくなかったのでずっと部屋で漫画読んでました」
「へー」
彼女のサブカル趣味はここからか。
「丁度、ご主人様と会わなかった時期ですよ? 寂しくて死ぬかと思いました」
美冬は笑った。
進のバツが悪そうな表情が、鏡に映る。
美冬はそれに気付いて、いつもされているみたいに、進の頭を撫でたら背中から抱きついた。
胸は控えめすぎて、簡単には当たらない。だから、ちゃんと当てられるように密着する。
「どうです? 背中越しに感じるおっぱいの感触は」
「何も感じない」
即答されてムカついたので、シャワーを顔に引っ掛けた。
うわっ、と言って避けようとするのを見て、面白くなる。
狐らしいいたずら心が擽られた。
少し楽しんだら、シャワーを止めた。
まだ背中から抱きついたまま。
「こうしてると、少し落ち着きませんか?」
「……何となく」
だからいつも膝の上に座ってくるのか、と彼は独りでに納得した。
無音の温かい浴室で、ただただ落ち着くためにこうした。
頬どうしが当って、美冬の垂れた髪の毛が体にひっつく。
小柄な体なのに、包容力は凄まじい。
進よりも美冬のほうが、半年ほど歳上なのだと何となく思いだした。誤差の範囲だろうけど。
普段は小動物みたいでしかも情緒不安定、どちらかと言うと年下的な印象だ。だがこうして、本当はとても女性的で、大人だ。
†
台所の電気ケトルで湯を沸かしている。
何となく、無性にコーヒーが飲みたくなった。進はカフェイン中毒みたいなもので、気付いたらよくコーヒーを飲んでいる。
「みふも飲む?」
一応聞くが、答えはわかりきっている。
「眠れなくなるので。ご主人様こそ良いんですか?」
「明日休みだし」
久々の、なにもない休みだ。絶対に家から一歩も出ない予定。
電気ケトルは沸くのが非常に早い。
熱々の熱湯を、インスタントの豆をスプーン3倍ほど入れたカップに注ぎ、かき混ぜた。
これで苦いだけのコーヒーの完成だ。
コーヒーの良し悪しはよくわからない。
居間は、二人の布団がすでに敷いてあり、美冬は寝転んでスマホをいじっている。
寝間着のワンピースから尻尾が出ていて、おまけにピンクのレース付き下着もちらりと見えた。
それを眺めながらコーヒーを啜ると、何だかよくわからない感覚に陥る。
「パンツとコーヒーを同時に嗜むって、なんかすごいハイレベルな事してるな……」
独りごちた。この状況を頭の中だけで処理しきれず、口に出して分散したのだ。
すると美冬は、サービスとでも言わんばかりに尻尾だけ縦に揺らして更にチラチラと見せてくる。
だがそうなると、むしろ魅力が減るから不思議だ。
求めているのはそれじゃない。だがそんなことを言えるわけもなく、視線を手元のスマホに落とす。
画面には美冬からのメッセージが届いていて、「ご主人様のえっち」と書かれていた。
面白くて、コーヒーを吹きそうになる。
あえて既読無視をして、一気にコーヒーを飲み干した。
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