第8章 悩む
第85話 吸うおっぱいが無いじゃん……
あれから2日経ち、満里奈から連絡が届いた。一件落着との旨と「またなんかあったらよろしく♡」と言う、おぞましい内容のメッセージだった。
それを確認したのは、ちょうど今、帰りのホームルームが始まるのを待っている最中だったので、美冬に見られる前に削除することに成功し一先ずは安心だ。
最近、彼女には色々とストレスを与えすぎなため、それをできるだけ減らそうという気づかいである。決して自己防衛ではない。
そのうち、色々抱えたアラサー女子の担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。
普段はとりあえず重要そうなことだけ聞いて、ほかはほとんど聞いていない。
とてつもなく退屈で、早く帰りたいために非常に焦れったい時間帯だ。
「三者面談の、希望日時の書類配りまーす。お母さんに都合のいい日書いてもらって、出来るだけ早く出してくださーい。早い者順でーす」
いま、担任が非常に重要なことを言った。
一気に嫌になる。
USM騒動ですっかり忘れていたが、今度三者面談が有る。
前回は夏休みの前にあって、その時は姉に来てもらった。今回もそれで行くか。
そもそも、なぜ年に2回もあるのか。他の高校だと年に一回とかで済んでいるのに。
前の席から回ってきた書類を受け取ったら、クリアファイルに挟んでかばんにしまう。
話は終わったらしく、学級委員の号令で立ち上がり、気をつけ、礼、そして掃除の為に机を後ろに下げる。
今週は掃除当番では無いのでさっさと帰ろうと、鞄を持って教室を出ようとした矢先だった。
「あ、日戸、ちょっとまってー」
担任に止められた。
何かやっただろうか。真面目で善良を装いつつ、陰キャスタイルを貫く日戸進にとって、急に担任に呼び止められる事は不安と恐怖でしかない。
ロボットみたいに振り返ると、ごく普通の顔をした担任が、教壇で手招きしている。
恐る恐る向かって、お言葉を待った。
「三者面談、今回はお母さん来れる?」
「え……」
まさか、そこを突っ込まれるとは。
前回は担任に何も伝えず、姉を連れてきたので非常に驚かれた。
「あー、多忙なので……なんとも……」
「でも、一応、文理選択の最終確認とか、進路の話もしたいし、お母さんに来てほしいのよね」
胃が痛くなる話だ。
文理選択も進路希望も、親ではなく全て姉に相談していたことなので、多分、母親は何も知らない。
「えー……っと……」
「じゃあ、先生の方からもお母さんに連絡しておくから、それなら大丈夫でしょ?」
このクラスの担任は、非常に良い先生なのだ。生徒一人一人をしっかりと見て、その都度適切なことをしてくれる。
だがソレが、進にとっては大きな痛手だった。
反抗期を拗らせ、親の顔すら思い出したくない進にとって、非常に厄介なことになっている。
だが、そんな個人的で幼稚でアホくさい我儘を言えるわけもなく、これまた真面目を装い「すみません。お手数おかけします……」と頭を下げるのであった。
†
膝の上で丸くなっているプラチナ狐を左手で撫で回しながら、学校で出た日本史Aのプリントの課題をカリカリやっている。
ちょうど、日露戦争あたりで、参考にしている教科書のページには戦艦三笠の写真が端っこあたりに小さく載せられている。
教科書に書いてある内容をプリントの空欄に埋めるだけの作業だが、これが不思議と勉強になっていて、授業の時とか、テストの時とかにこの作業で身についた記憶が役に立つから、人間の脳とか記憶とは不思議なものだ。
丁度、最後の空欄を埋めたら、シャーペンを置いた。
「やっと終わった……」
USM騒動の面倒事が終わったと思えば、学校の課題という面倒事が襲いかかってきた。
ひたすら休める時間がほしい。
膝の上の狐を抱き上げて、腹に顔を埋めて吸った。猫が吸い物なのと同じように、狐も吸い物だ。
「にゃぁぁぁぁああ!」
おおよそ狐とは思えない悲鳴を上げて暴れ、突如変化して美少女になり、そのまま覆いかぶさった。
狐の柔らかい腹だったものは、貧乳に変わりクッション性も皆無で硬い肋骨が進の顔を潰す。その体重と勢いのまま、進は後ろ向きに倒れて、美冬が上にのしかかった。
「な、なんで吸うんですか!?」
「重い、痛い」
退く前に言われても、苦しくて答えるに答えられない。
訴えると美冬はどいて、顔を真っ赤にしながら腕で体を隠すようにしている。
「き、気持ち悪いですよぉぉ……」
「だって、モフモフは吸うためのものだってネットで言ってたから」
「お、おおおっぱい吸われたんですけど!?」
「えー? 吸うおっぱいが無いじゃん……」
言い掛かりにも程があると、進はジト目になる。
「はぁぁあ!? ありますけど!? ちょーどおっぱいの辺り吸われたんですけど!! 心の準備とかムードとかあるじゃないですか!!」
目をグルグル回してキレながら主張する。
勢いよく立ち上がると「ひゃぅ!」とそのまま手をついて四つん這いになり、「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」と声にならない声をあげて悶た。
「どうしたの?」
「お、一昨日の筋肉痛ががが……」
全身の筋肉という筋肉がブチブチと壊れて、酷い筋肉痛になり、絶賛超回復中である。
普段運動しないのに、突然飛び跳ねて極大魔法をブチかまし、体の内側から魔力の暴走でボロボロにしておけば、仕方のないことだ。
あのときは、進の制御も回復も間に合わず、今こうしてその影響が出ている。
ヨロヨロと四つん這いのまま移動して、結局、進の膝の上に座って落ち着く。
彼の体を背もたれにして、深く息を吐く。
この家にはソファも無ければ座椅子もないので、背もたれは壁にクッションを置くくらいしか無い。あとは、美冬の特等席として
寒い季節に丁度良く、進も湯たんぽ代わりに抱き着いて、片手にスマホをいじる。
画面は完全に美冬に見られるが、美冬に見られてもいいサイトを見れば良い。
例えば、ニュースサイトとか、車のサイトとかだ。
丁度、マツダ3の特集をしているサイトがあった。駆動方式は、変わらず前輪駆動と4WDが設定されている。またスカイアクティブも新しくなって登場。お得意のディーゼルも健在だ。そして値段も控えめ。スープラなどと並び、注目の的だ。
「新しいアクセラ、イイですよね。名前変わっちゃったのは寂しいですけど」
進よりも、美冬のほうが注視している。
「あと四輪駆動がどういうシステムになるか、ですよね。前のアクセラとアテンザは補助的なものでしたし。トルク配分も電子制御で前輪側が強い時が多めでしたから。今回は常時50対50になるか、前輪が多めになのるか……」
「みふ、詳しいね」
「当然です。ご主人様の興味関心を常に先取りして、ご主人様がどんな話をしてもすぐに反応出来るようにしてます」
誇らしげに言う。
「だから、ご主人様が知ってることは全部美冬も知ってるんですよ? 全部。ご主人様の事で知らないことは、美冬にはありません」
目を見開いて、笑った。
「お、恐れ入ります……」
「四輪駆動の詳細書いてあるページないですか?」
「ちょっと待ってね、探すから」
画面上のURL欄をタップする。当然、ここも検索に使えるから「マツダ3 4WD」と打って検索。一番上のサイトがそれっぽかったのでタップした。
だが突然、画面が固まり暗転、すると全く違った画面が現れるとともに着信音が流れ出す。
画面には、見慣れた電話番号が表示され、緑と赤の受話器のアイコンが左右に出ている。
「……。」
「電話ですね。誰からでしょう」
「母さん……」
「ぁぁ……。珍しいですね……」
嫌な予感を感じつつ、出るか出ないか悩んで、一応、出た。
美冬に聞かれて困る内容でも無さそうだと、そのまま話す。どうせ、この家にいる間は、美冬の耳では全て聞こえてしまう。
「……。」
自分からは何も言わない。
『進?』
「ぁぁ……」
聞きたくもない母親の声だ。
『さっき先生から電話来たんだけど。三者面談のこと』
「……」
あの担任、仕事が早すぎやしないだろうか。
『色々言いたいことはあるんだけど……。姉さんに後で謝っておきなさい』
まさか余計なことを言われたのではないか、と嫌気がさす。
前回の三者面談は、母親には何も言わずに姉に来てもらっていたのだ。
『それで、お母さんは木曜の5時以降と土曜日なら良いけど、木曜で良いの?』
謎の選択肢からの、謎の強制。結局、何でもかんでも勝手に決められる。
「木曜で」
『本当に、止めてよ。勝手に何でもかんでも。勝手ばかりしてると連れ戻すからね? わかってんの?』
「わかってる。宿題の途中だから、切る」
キーキーと余計なことを言われるのも嫌だから、嘘をついて強制的に電話を切った。
そこそこ良かった気分も、最悪だ。
気を紛らすために美冬の頭をなでてみても、美冬が不思議そうな顔をするだけで、進が癒やされることはない。
こういう時、美冬は何も言わない。
家族関係にまで首を突っ込んでは来ない。
進はとりあえず姉に『母さんになんか言われた?』とメッセージを送っておく。
すぐには返事は来ないだろう、とブラウザに戻って、調べものの続きをしようとしたが、なんだか気分が乗らなかった。
「ご主人様、お風呂入りましょ?」
物理的に上目遣いの彼女の提案に、進は頷いた。
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