第84話 やっと帰れる
仕事を終え、一行は本部に帰還した。
捕まえたUSMの者共はとりあえず情報部にほん投げて、とりあえずの任務は完了だ。これで一件落着となるか、新たな事実が判明して更に仕事が増えるかは、まだわからない。
前者を願うばかり。
美冬は休憩所の自販機で緑茶を買い、ベンチに座ってから蓋を開けて飲む。
周りは静かで、やっと落ち着ける。
竜を倒した後、色々とゴタゴタしてしまって、戦って疲れたのに一息つく暇もなかった。
未だに、体が
最後に戦ったのは何週間か前で、それほど時間は経っていないはずなのに、妙に久しぶりに感じた。
ふと、嫌な足音が聞こえてくると、廊下から満里奈が来た。
音と匂いでわかるから、視線は床に落としたままで、絶対に顔を合わせない。
「おつおつー」
満里奈はあくまで馴れ馴れしい。
社交辞令として「お疲れ様です」と小声で返す。
彼女は隣りに座ってきて、ペットボトルの蓋を開けた。
甘ったるい匂いが漂ってくる。柑橘系のジュースだ。
「どーだった? 久々にお仕事した感想は?」
感想、なんてものはない。頼まれたことを、淡々とやっただけ。大して面白くもない。
「特に何も」
「相変わらず素っ気無いな~」
満里奈はえへへと笑う。気を使って笑われるのも気色悪い。
こいつとは居たくないと思って、美冬は立ち上がろうとした。こういう煩い女は嫌いだ。
だが、その前に「ねえねえ」と話しかけられた。そのまま無視していけばいいのに、それが出来ないのが美冬の性格だ。
「もし、だよ? もし、進が復帰するって言ったらどうする?」
藪から棒とはこのこと。いったいどのような前提条件があってそういう質問が沸いてくるのか。
「ご主人様が何か言ってましたか」
「いいやー? なんとなく聞いてみただけ」
美冬には、彼がここに戻るとはあまり考えられない。なぜかといっても、彼の性格を考えてそう思うだけ。
ただ、バカ真面目に満里奈が言ったことを考えると、割とすんなり答えが出てきた。むしろ考えるまでもないか。
「どうすることもありませんよ。ご主人様についていくだけです」
なんだっていい。彼がやりたいと思ったことをやれば。
満里奈は一瞬だけきょとんとするが、すぐににんまりとからかうように笑った。
「あいつは幸せ者だね~。ほんと羨ましいよ~」
「そうですか」
あくまで素っ気無く返した。幸せかどうか、彼の邪魔になってないかと悩む彼女にとって、直近の話題だ。そういう感情論は本人が決めることだし、変動するものだからどうしようもない。
どうしようもないのに、どうにかしたくなる。
なぜか悪い方向に考えたがる。
最近、情緒不安定すぎて自己嫌悪がひどい。
「美冬って、ほんとにジュースとか飲まないの?」
そこで急に話を変えてくるのか、と美冬は疲れる。
何の脈絡もない会話の展開。ガールズトークをしていればよくあることだが、満里奈という女の場合は特に面倒くさい。
「ええ、まあ……」
「甘いもの苦手なの?」
「そういうわけでもありませんけど」
逆だ。甘いものが好きだからジュースを飲まないのだ。ただでさえ、気づいたら甘いものを食べているのだから、飲み物くらいには気を使って糖分の取りすぎに注意しているだけだ。
「なんかね、進が『あいつはジュースとか飲まない』って言ってたから、ほんとだーっておもってさぁ」
聞いてもいないことを勝手にしゃべる。そして知らぬ間に広められている自分のどうでもいい情報。
「進ってさ、聞いてもいないのに美冬のことしゃべるんだよぉ?」
その言葉、そのまま返してやろうかと思った。
「ペット自慢する飼い主か! って」
そしていちいち笑う。長生きしそうな人間だ。
美冬は、何となく気恥ずかしくなった。進を問いただしたい。一体どんなことを喋っているのか。
丁度良く、彼が現れた。
隣にはサラが居て、サラの頭にはニョロニョロしたものが乗っている。蛇にしては短い手足がついているし、デフォルメされた可愛い顔がある。
先程まで戦っていた竜が、力をなくしてちっちゃくなった姿らしい。生まれたての竜だ。
「報告とか色々終わったよ。やっと帰れる」
疲れ切った顔つきで、進は美冬の前に立った。
腕に巻いていた血だらけだった包帯は取れている。
どれだけ怪我をしても、彼は唯一得意な治癒魔法でいくらでも治せてしまう。
美冬はそっちの方が気になっていて、彼の腕を掴んでジロジロと舐めるように見た。
本当に、傷一つない腕だ。
別にダメという事はないが、男なら怪我したところの傷の一つや二つくらい残ってたほうがかっこいいのではないか、と二次元に毒されたサブカル狐は愚考する。
「ああ……じゃあ、荷物取ってこないとですね」
掴んだままの腕を手摺代わりにして立ち上がった。
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