第83話 なにこのシュールな状況……
事態は、急激に動いた。
確保した学生達から無理やり吐かせた結果、彼等の目的が判明した。
端的には、『魔導庁』の破壊だった。
そして、この学生達を捕まえた事から、その報復的な意味で、他の者達が既に行動を起こし始めている。
人間と妖怪の折衝をするのが仕事だから、恨みを買いやすいのは仕方のないこと。
そもそも、学生魔道士連合なるものは、魔術、魔法などの強力な力を持つのに、それを使うことすら許されないことに滯りを覚えた、学生達が立ち上げた組織。
力を持つことはつまり、霊感があることを意味する。となると、それをひた隠しに生きていかなくてはならないし、無邪気な幼い頃は周りから虚言癖を持つと思われ、好奇の目を浴びせられる。
悲しい生き方を強いられる。
そして、妖怪により様々な被害を受けている。妖怪も、全てが全て人間と上手くやっていけるわけではない。
「絵に書いたような、お涙頂戴ですね」
GSの後部座席で、車窓の外を眺めながら美冬は言う。
「つまり、魔導庁が人間の味方しないからぶっ壊そうって事ですよね」
「そう言うことか。素人がそんなことできるとは思わないけど」
冷たい口調で進は答える。
美冬にとっても、進にとっても、どんな経緯でどんな事態になろうが、どうでもいい。ただ仕事をこなすまで。妙に、事が起きるのが急だとは思ったが、気にするのをやめた。自分達には殆ど関係ないことだから。
たかが素人の分際で、プロ集団の国家組織に適うものか。中二病を拗らせたにしても程がある。
だが、頭の中では、とあるクラスメートの言葉を思い出していた。菅谷飛鳥が「ああいうのが本当に存在してるって、それが確認できたなら、そっちの方が良い」「私の感覚が正常だって言えるから」と言っていたことだ。
「馬橋稲荷神社を狙ったのは?」
「竜の力が手に入るからって事らしいよ。竜は水の化身でもあるし。もともと、あそこの地域は田んぼがあって、桃園川がっていう川が流れてたんだって」
蒼樹から聞いた話をそのままする。
「その川もー、蓋されて今はないんだけど。馬橋稲荷神社は、それをイメージしてあのせせらぎとか作ったんだって〜」
助手席に座る満里奈が言う。
かつては田んぼが広がっていた場所だったが、関東大震災以降、あの地域は宅地化が進み、川は生活排水で汚れ、度重なる氾濫のせいで蓋をされた。
ただ、その人間のエゴの話は、あまり今回の事態とは関係ない。
「問題は、その竜の力が云々ってところ。本当にあるのかは全くわからないけど……」
「幻像現象」
「そう……」
ただの概念だったモノが、魔力を介して実体化する現象だ。世の中にある妖怪、怪異、物理現象までもがこれにより生み出されているのではないか、とまで言われている現象。
事実、美冬のような、知能が高いケモミミ妖怪も「狐は化ける」という昔の人間の想像が実体化したものだと言われている。
これが、魔力が本当の意味で「万能」と言われる所以だ。
せせらぎがあり、竜が居る神社。
現在ではパワースポットとして人気の場所。
そこで、本当に竜が現れても、信じがたい事ではあるが、あり得ないことでもない。
閑静な住宅街の、細い道。
神社の前で前を走っていたランエボが止まり、それに伴ってGSも停車する。
3人は車を降りる。
既に、前の赤いランエボに乗っていた蒼樹とサラは下車していて、神社の奥を睨んでいる。
もう、始まっている。思った以上に早かった。
「さっき言った通り。進とお車さんたちは結界張って。他は奥に行きますよー」
満里奈が手早く指示を出す。
それぞれ了解と返事をし、出発前のブリーフィング通りに動く。
「みふ」
別れる手前、進は美冬だけ呼び止めた。
「気を付けて」
結界を展開し終えたら、すぐに合流する予定だ。それでも、念の為に。
美冬は頷き、境内に入っていった。
二台の車はひとりでに走りだす。進はすぐ近くの家の屋根に飛び乗り、そこで周囲にいくつもの魔法陣を展開する。
人避けの結界、物理遮断、視覚遮断、意識遮断、この世界からこの場所を消し去るかの如く、あらゆる結界を展開していく。
空中には、満里奈が操作する大量の人形やぬいぐるみが浮遊している。
境内からは膨大な魔力が溢れているのを感じ取れる。本来、機械的な観測が不可能なものでも、生物の感覚での観測は可能。ひしひしと、妙な魔力を感じつつ、それを遮断するための結界をも展開する。
その制御と維持は、GSとランエボに手伝ってもらう。1つ2つなら問題ないが、それ以上となると1人では難しい。加えて、美冬の制御も遠隔でやっている。
既にキャパシティオーバー。
十中八九戦闘になるだろう。そうなれば、もっとキツくなる。
久々の、胃が痛くなるような緊張感だ。
一つ、魔法陣を描き終えたらソレを放ち、起動する。ドーム状に魔力が広がり障壁を作る。それが壊れないように、維持する。
それの繰り返しだ。時間も手間もかかるが、恩恵はある。一般人を巻き込まなくて済むし、領域制圧魔法の展開も楽になる。
つまり、ここでどれだけ時間をかけずに必要なだけ出せるかが重要だ。
上手い者にやらせれば、進の3倍は早い。そう考えて、自分の力不足に嫌気がさす。
最中、美冬の魔力が巡ったのを感じ取る。相変わらず雑で乱暴な魔力の流れを、こちら側から急いで正す。
美冬が魔法を使ったということは、つまり戦闘が始まったことを意味する。
参道と境内は木で覆われ、状況は見えない。
蒼樹と満里奈が居る状況で、素人に引けを取る事などありえない。だから心配などはしない。
ただ、先程から妙に空気が悪い。悪いというよりも、綺麗過ぎる。加えて、静かすぎる。
嫌な予感がしている。
急に、うさぎのぬいぐるみが飛んできた。手にはタブレットを持ってその画面を見せてくる。
声が出せないアリスからの伝言で『結界はこっちでやる 進はみんなのところに行って』と書かれていた。
同じ嫌な予感は、アリスも感じていたらしい。
途中の魔法を切り上げ、屋根から飛び降りた。参道の奥には門があり、またその奥に少し開いた場所がある。決して広くはないが、暴れまわるとしたらここだろう。
だが、見た感じでは、あまり戦っている様には見えない。
不審に思いつつ、急いで参道を走り抜け、大きな鈴がぶら下がる門をくぐり抜けた。
そこに居たのは、左手に居合刀を持ち背中から鶴翼を生やした美冬だけ。
満里奈と蒼樹、サラは居ない。
進の足音に気づいた美冬は振り返って、なんとも言い難い表情になる。
「蒼樹さんたちは?」
進が訊くと「えーっと……」と本当に困った顔をする。
「消え……ました」
「消えた?」
「さっきまで敵も3人くらい居たんですけど、みんな、スーッて消えちゃって……」
「異空間にでも吸い込まれたか……?」
厳密には、魔法で作り上げた別空間。魔法で、こことは違う場所に空間を作り上げることは可能だ。そこにモノを放り込むことも、隔離することも、世界を作り上げることもできる。巨大なもので言えば、浅草や祇園にある『かくりよ』などがある。有り体に言えば固有結界。
進は無線のスイッチを入れて、蒼樹に連絡を取ろうとする。
空間の入口が近ければ電波は届く。
「蒼樹さん、大丈夫ですか?」
数秒も待たずに、通信が繋がる。
『全然大丈夫じゃねえよ。ホントに竜が出てきやがった。死にそう死にそう』
後ろで爆発音が響いているが、蒼樹の口調はごく普通の雑談みたいで緊迫感は無い。
「空間こじ開けますか?」
『あー、結構でかいぞ? 大丈夫か?』
言われて、あたりを見渡す。
神社は、そこそこ広いが周りは住宅地だ。結界を張っているとは言え、危険だろうか。
「何メートルくらい……ですか」
『20くらい。伸ばしたらもっとデケえかもなあ』
お台場の実物大ロボを見たときの感想。
無線機の向こうから、爆発音と満里奈の「ぴゃあああ!」とバカっぽい悲鳴が聴こえてくる。
「とにかく、こじ開けます」
半ば掛けだ。危険も承知でやるしかない。
『ああ……頼んだ』
進は地面に両手をつき、幾重もの陣を広げる。体を中心に一つ、その魔方陣を起点に連鎖的にいくつも展開する。
この場所を解析し、どこに別空間が存在するのかを当て、それに干渉、破壊する。
ほつれた魔力から、中にいた存在が同じ場所を維持したまま顕現する。
人も、犬も、空気も、竜も、すべてが出てくる。
一番最初に視界に映ったのは空に浮かぶとぐろを巻いた竜、続いてパッチワークの巨大なクマだ。
満里奈が操る、竜よりも巨大なクマ。それが空中にたたずみ、竜に対峙している。
そして、その満里奈や蒼樹、サラは、自分たちが元の場所に戻ったことを理解し安堵していた。
「進~、たすかったよぉ。もうね、魔法使ったやつがねーあんななっちゃってえー」
と、満里奈の視線の先には、サラの隣に影の輪で縛られた3人の男女が気絶している。
はっはっと犬らしくにへらと笑うボーダーコリーの笑顔がまぶしい。
蒼樹は、竜とクマが戦っているのを見上げながら、タバコ……に似たラムネ菓子を吸っている。もともと喫煙者で禁煙中とかではないが、タバコ吸ってる風でカッコイイからとやっている。
「なにこのシュールな状況……」
進は呆れて言った。
竜の口から放たれたブレス攻撃がクマに直撃するが、クマはびくともせず頭に柔らかいパンチを食らわせる。
「ウチのセバスチャンねー、デカイんだけど、よっわいの!」
あのクマの名前はセバスチャンと言うらしい。パッチワークでカラフルな配色からはセバスチャンと言うネーミングは湧いてこない。
「蒼樹さん、どうします?」
「オッサンに訊くなよ。四十肩なんだよ」
と言うよりも、蒼樹が本気を出そうものなら辺り一帯が更地になりかねない。それにもうやる気が無い。オッサンのやる気スイッチはすぐにOFFになる。
「みふ……、俺達でやるか……」
「ええ……あんな大きいのどうすればいいんですか……」
「ガシャドクロよりは小さくない?」
「ええ……? そうでしたっけ」
一昨年に京都で退治した妖怪を思い出す。
あの時は、大人数で寄ってたかって攻撃していたのでアッサリ行けたが、今回はどうだろうか。
「サラさん……は……」
「疲れた〜」
サラに手伝ってもらおうと思ったが、ニヘラと笑ったまま拒否られる。
「全く……」
美冬は呆れて、進の顔を覗いた。魔力も体力も有限だ。早いところ、片付けたほうが良い。
「ご主人様、本気出しますけど、大丈夫ですか?」
同意を求める確認では無く、命令に近いものだ。本気を出すから、更に細かく制御しろ、という意味の。
「なんとか頑張るよ。魔力は?」
「絶対足りません」
きょとんと、さも当然かの如く言う。
となれば、進が彼女に魔力を分け与えるしかない。
効率的なのは、物理的に接続して直接魔力のやり取りを行うこと。当然、性質には個人差がありその変換もしなくてはならない。
進と美冬ほど繋がりあった者同士であれば、大した手間ではないが。
美冬は右手で進の手を取り、指を絡める。
一度、満里奈の方を睨み、不意に
濃厚な口づけに伴い、接続点が増えたことにより魔力の受け渡しが促進される。
同時に体液の交換も行った。
しばらくして離れた直後、糸を引く。
美冬はそのまま走って、跳躍。パッチワークのクマの体を足場にしながら高度を上げていく。
「アイツ……」
気持ち悪くなった口元を袖で拭って、飛んでいく従者を睨んだ。
「ちょっとこんなところでナニしてんのぉ!」
満里奈が顔を赤くしながら怒っているが、構っている暇はない。
周囲の空気の熱を奪い、固体の空気を作り出す。形を細長く平べったい刀の形にして、それを掴み、そして同時に領域制圧魔法を起動する。
あたりの気温は段々と下がっていき、そして吹雪く。
「抜刀、江雪左文字」
小さな声で呟く。 まだ無詠唱での抜刀は上手く行かない。
領域制圧と抜刀の複合で、この空間は極寒と化す。
少し早めの、冬の到来。
この冬の空間は、完全に術者のモノだ。
「みふ!」
その雪は、白い狐に白無垢となって纏いつく。彼女の刃に氷が宿り、鶴翼は吹雪を受けてより高く飛び上がる。
風を掴み、パッチワークのクマを踏みつけて跳躍する。
竜の息吹がクマにあたり、炎が噴き上がった。だがソレが彼女に当たる前に、幾重もの氷の障壁が彼女を守った。
「ご主人様っ!?」
違う。美冬に追従し飛び上がっていた進が、直前で氷の壁を展開していた。
彼の目は鋭い。だが腕は割れた氷が刺さっている。
痛みを一切感じていないかのような、石のような表情。
久々に見る表情だ。
炎が止んだら、美冬の背後に氷の壁が現れた。
彼を心配している余裕は無い。
ソレを足場にして彼女は竜の頭を目掛けて飛ぶ。刀を構えて、目を目掛けて刃を向けた。
だが、それに気付いた竜は頭を振り、弱点への直撃を避けた。硬い鱗は刃を通さず、簡単に美冬の攻撃を防ぐ。
美冬は振り落とされる前に跳び、クマの頭へ乗った。
クマは竜を殴り、竜は噛み付き炎を吐く。美冬はそれに振り落とされぬように、柔らかい布を必死に掴む。
こうなったら、硬い鱗も物ともしない巨大な一撃で仕留めれば良いだけだ。
「抜刀……」
美冬が唱えると、途端に進の処理が重くなる。急に回り出す魔力、暴力的に拡散していく魔力、それら全てをコントロールするのが
そして、領域制圧魔法で奪った熱は、今から使う。
「獅子王」
巨大な影の獅子が顕現し、吠えた。
クマの体を借りた獅子は竜よりも巨大だ。
そして、進の魔法が切り替わり、それに付与される。
奪った熱を、全てその獅子へ。獅子は概念的な炎を纏い、炎獅子となる。
刀を構えた美冬に呼応するように、獅子は大口を開けて、そして刀を振り上げれば獅子は飛び、振り下ろせば竜を頭から噛み砕く。
そして、獅子の魔力と熱量が弾けて、大爆発が起きる。結界内に爆炎が満ちて空間が震えた。
そして炎が尽きた頃、竜は呆気無くも、跡形も無く消え去っていた。
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