第82話 ほんとに監禁しようかな……
狭い事務所みたいな、ごちゃっとした会議室に、3人の人間と、一匹の魔犬、一匹の狐の総勢5人が集まっている。
その指揮を香椎満里奈がとり、補佐に魔犬のサラが就く。最年長かつ最も経験が長い蒼樹は、ただの下っ端としての行動を貫いている。ただの協力者でしかない日戸進と月岡美冬は、黙って参加するのみだ。
「新しく入った情報はぁ、なんとなんと、騒動の実行犯がわかりましたっ」
満里奈はホワイトボードにマグネットで数枚の写真を貼っていく。
若い3人の男女の、隠し撮り写真だ。
いずれも、どこかの学校の制服を着ている。学生魔道士連合という名前なだけあって、構成員は学生と言う事だ。
「この人達が、一番最初に、非力なヤクザ妖怪を襲って、それをヤクザ同士の抗争に仕立て上げたそうでーす」
最初に襲われた妖怪の協力の下、特定できたらしい。
「我々はとりあえずコイツラをとっ捕まえに行きますっ」
組織は警察ではない。法的な拘束を受けない。危険性も問題点も腐るほど湧いて出てくるが、こういった時に便利だ。
怪しいから捕まえる、という横暴なことが出来る。
「今すぐっ」
そして、面倒くさい前準備も要らない。
5人と言う微妙な人数のせいで、2人と3人の班で分かれる。
蒼樹とサラのペア、満里奈、進、美冬のチームだ。
対象は3人いる。まず班ごとに1人ずつ確保し、残り1人は泳がせるか捕まえるか、状況を見て決める。
早速、5人は出発した。
†
黒いGS Fの車内で、満里奈を筆頭にした3人は、助手席に座る満里奈の膝の上に置かれたノートパソコンの画面を注視している。
満里奈が展開した人形に取り付けたカメラが、捕獲対象の男子学生の姿を空から撮影し、PCの画面に映す。
その場所に向かって、車が走っているという状況。
GSの運転席に人は居らず、独りでに道路を走る。
ダッシュボードに取り付けられたタブレット端末は、文字が書かれたり消されたりと、忙しい。
『確保はどのタイミングで?』
その文字は、声の代わりだ。このGSという車に宿っている、付喪神に似た妖怪現象が、他者と意思疎通を図るために用いているツール。
「帰宅して、家に入る直前に声かけるよ〜。ウチが接触して、逃げそうになったら、進と美冬に任せる感じかなあ」
話しているうちに、住宅街の道中で停車する。
進と美冬は降りる。
「そうだ、アリス」
進は離れる前に、ルーフに手をかけてGSに話しかけた。彼女の愛称はアリスだ。この車体に中身が入れ替わる前の車体が「アリスト」だったために、周りからはそう呼ばれている。
ダッシュボードのタブレットに『なに?』と表れる。
「なんかあったときに、結界魔法の展開、手伝ってくれると助かる」
『久々の共同作業 楽しみにしてる』
まだやると決定したわけではないし、やらないに越したことは無い。
進は、相変わらず好戦的なお嬢様に笑った。
美冬に急かされて、車から離れる。跳躍して、民家の屋根へ登った。
ここで、出方を伺う。
まだしばらく対象は現れないから、時間的な余裕はある。その間に、結界の準備をする。物理的な壁を周囲に作って、対象を閉じ込めるためだ。
「あの車、ご主人様と仲よさげですね」
その準備中、美冬が話しかけた。
「よく一緒に仕事したし。みふも面識あるでしょ?」
進は、小さな魔法陣を作って、それを飛ばして周囲に配置する、という作業の片手間に返答する。
「そう言う意味じゃなくてですね。仲良さそうだなって。共同作業とか言っちゃって? 車の分際で」
「言葉の綾じゃないの?」
「……。あの車、どうやったら廃車になりますかね」
「なに、どうしたの」
「車の分際で、ご主人様に色目使ってるので。廃車になりたいのかな〜と思っただけですよー」
いつものか、とそろそろ進も慣れてきて、軽く「はいはい」と受け流す。
ボロボロに傷だらけだったアリストも、今ではピカピカの綺麗なレクサス。
「こういう結界の魔法とか、領域制圧の魔法はアリスから教わったんだよ。恩人なんだから、邪険に扱わないでー」
「……。初耳なんですけど」
「人に言う事でもないからさ」
「美冬が知らない間に、何でもかんでも……」
美冬にとって、彼の言動は全て捕捉していたい。最近になって、ボロボロとソレが出てくる。
あとどれほど、知らないことがあるのか。
「ほんとに監禁しようかな……」
独り言ちる。
捕獲対象の男子学生が、何も知らずに歩いてきた。
車の影に隠れていた満里奈は、音を立てず気配を消して、タイミングを待つ。
男子学生が家の前に立った瞬間には、背後に回っていた。
「お兄さぁん」
あざとく、笑顔を作って声をかけた。
平凡な顔の男子学生は、人畜無害そうな目で満里奈を捉え、一瞬は目前に現れた美少女にたじろぐが、すぐに「はい?」と普通らしい反応を見せた。
「ちょっとお尋ねしたいんですけどぉ」
挑発的な笑顔で覗き込む。
「最近、妖怪が暴れまわってたのって知ってます?」
「……妖怪? 一体何の話を──」
「学生魔道士連合、USM、お兄さんってそこメンバーですよね? 少し、お話しましょお? 今、お兄さん達が企んでることとかぁ?」
「……っ!」
焦った男子学生は、慌てて家の中に入ろうとする。
だが、バーハンドルは満里奈が操るクマのぬいぐるみがガッチリとホールドして、掴めない。
翻って、満里奈を肩で突き飛ばし走る。
彼女はきゃっとわざとらしく言いながら多少よろけるのみで、あとは腕を組み男子学生が走っていくのを見送った。
そして数秒後、空から急降下してきた銀髪ケモミミ少女に、木刀で叩かれぶっ倒れたところを見て、滑稽すぎて笑うことすら出来なかった。
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