第80話 最近、ずっとこの話ばっかしてるな……
「はあ……やっとふたりきり……」
美冬は安堵した風に、
「もうヤダ……あの女と獣……」
そしておよそ一時間前の事を思い出しながら嘆く。
「この世のご主人様以外の存在全てが居なくなればいいのに……」
美冬は呟き、それを聞いた進は微笑ましくなって、頭をなでた。
「それ俺たち生きていけないじゃん」
「電気ガス水道食料が無限に湧いてくる世界で……」
「なんだそれ」
そんな都合のいい世界だったら、どれけ良いことか。
「ご主人様……。満里奈の事が好きだったら、ご主人様、相当趣味悪いですよ……。あの女ほんと色々最低です」
「だから好きじゃないって。あと人の悪口言わない」
「いいじゃないですか。陰口言うのは女の仕事ですもの」
「女子ってほんと怖いな」
今に始まった話ではない。美冬は他人に厳しい。口も悪く、毒舌。そして容赦ない。
「あの女、死なないかな……」
そしてすぐに排除したがる。
「こらこら……。そもそも、何がそんな嫌だったの? 普通じゃない? あの人」
「全然普通じゃないですよ。馴れ馴れしいし。ゆるふわ系女子気取ってるし。キャラ作ってるのすぐわかりますよ。それに、マウントとってくるのウザイです」
「マウント?」
「あの女、ちょーっとご主人様と仲良かった時期があっただけのくせに、ご主人様と今でも仲良いですよアピールしてくるし。『進から聞いたよぉー』とか言って、相談されましたアピールとか」
マシンガンどころか、機関砲のごとく垂れ流している。そして口調のマネも地味に上手い。
「あの女。嫌いです」
「言い切ったな……」
「あと、あの女ズルイですっ。美冬が居なかった間に……」
歯噛みする。
「ご主人様が辛い時期に隣いたのが、美冬以外の奴だったのが、ほんとに嫌です……。美冬がその場に居たかったです……」
「だって、あの時は──」
「わかってます……。わかってますけど……」
どう悔やもうが、どうにもならなかった事だ。だがそれでキッパリと諦めるか納得できるほど、美冬は利口ではない。
「ありがとう……。それで十分」
「んぅぅぅ……」
やりきれない感じで、唸って蹲った。
「過去に戻って、やり直したいって思うんです。美冬って、ずっとご主人様の邪魔してばっかじゃないですか。でも、ご主人様と一緒にいたくて。ご主人様、どうすれば一番良かったんでしょう。初花のことも、我慢して頑張れば良かったのか……。去年だって、美冬がもっと頑張って、魔法がもっと上手になれば良かったんでしょうか」
ボソボソと呟くように言っているが、全て進の鼓膜に届いていた。
「最初、ご主人様は美冬の事なんか好きでもなんでも無かったじゃないですか。美冬が一方的なだけで。でも、初花のことがあって、ご主人様が助けてくれて……。それで良いって、思ってました。ご主人様が美冬の事なんか好きじゃなくても、ただ一緒にいさせてくれるならそれで良いって。捨てられたときは、潔く捨てられようって。最初はそう思ってたんです」
そうやって、しばらく諦めながら想い続けていた。生殺しのような感覚で、諦めていると自分を偽りつつ、子供の感情をずっと引きずっていた。
「でも、去年、本当に突き放されてみると、辛かったんです……。本当にすごく、辛くて……。寂しくて、怖くて。毎晩泣いてました」
会えないと寂しい、だけなら良かった。存在を否定された感覚と、生きる意味を失った感覚と、自分の全てを失った感覚だ。心の拠り所すらなく、何年も前からすでにヒビだらけだった心が完全に壊れてしまった。
「そうしたら、お母さんが『デートしてもらえ』って言ったんです。駄目だったらそれまでだって。誘ったとき、すごく怖かったんです。だから、デートしてくれたときすごく安心しました。まだ大丈夫かもって……」
そして実際、それ以降に関係は修復した。
そして今年、進が突然魔導庁を抜けて、一人暮らしを始めた。
当然、会う日は減った。
会わない日は、漏れなく寂しくて泣いていた。
だからなんとか口実をつけて召喚されて会ったりしていた。ゴネて泊まったりもした。
そして夏に限界が来て、押しかけた。
「だから、もし、去年、あの満里奈っていう女が……ご主人様の心に入り込んでたりとかしたら……嫌で嫌で仕方ないです……。美冬は突き放されたのに、なんで? って。でもあのとき辛かったのはご主人様も一緒なんですよね。美冬だけじゃなくて。むしろ美冬のせいで。だから、あの女がご主人様の心の穴を塞いでたんだと思ったら、感謝こそすれ怒る事は無いんじゃないかって。でも……ズルイです……。昔に戻りたい……。満里奈がご主人様と居た分の時間がほしいです。その時間に、美冬がご主人様と居たかった……」
黙った。進は何も言えず、ただ美冬の口から溢れる言葉に打ちひしがれて、脳で処理することに精一杯になっていた。
「ごめんなさい。自分勝手で。美冬みたいな弱くて可愛げの無い狐なんか、本当は嫌でしたよね……」
言いながら、それでも慰められるのを待っている自分に気付き、嫌になる。
自分はどこまでも自分勝手だ。
しばらく、沈黙が続く。
「あー、えっとー……」
進が切り出すが、歯切れが悪い。
「いつも俺に『好きか』って聞いてきたり『嫁』って自称する割に、なんて言うか、すごい自虐するというか。みふらしくないね」
不安だから、呪いをかける。美冬にとっては無自覚ながらも、それだけのこと。
「最近、ずっとこの話ばっかしてるな……。流石にクドイし疲れてきた……」
去年の出来事に振り回されすぎた。
「忘れるとか、なかったこととかにはできないけど。みふも言ってた事。今は一緒にいるんだからそれで良いって。これからもずっと一緒だって。しばらくしたらお互いに飽きるかもしれないから、本当にずっと一緒に居るのかはわからないけど。とりあえずは、このままでいいんじゃないかな」
俺が言っても説得力ゼロだけど、と自嘲気味に言いながら。
結論なんてわかりきっているが、美冬はそれが欲しいわけではない。慰めと共感と安心感が欲しいだけだ。デリカシーと気遣いの一切が無いような正論みたいな結論が出たところで、以上で終わり、とはなれない。
そしてまた自己嫌悪が襲ってくる。どこまでも自分勝手、救いようのない独りよがり。一方的な好意のくせに、独占欲と承認欲求だけは一丁前。
「みふはヒト嫌いだから、なれない人と会って疲れたんだよ」
楽観した進の言い方は、まるで他人事の様だ。
本当に他人事なのだろう。
そうとだけ思って、十分に気持ちを滅入らせたら、諦めがついた。
美冬は立ち上がった。
「晩御飯の用意しなきゃですね」
いつも通り、台所へ向かう。
美冬は、いつも思っている。自分にできることは、こうして彼の世話をすることだけなのだと。
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