第79話 指輪のサイズ、まだ測ってないんです……

 帰り、電車に揺られながら、車窓の外に見える都会の明るい夜をぼーっと眺めた。

 結局、今日市ヶ谷まで行った意味がよくわかっていない。



 一応、目標としては、妖怪同士を争わせる騒ぎを起こした首謀者の特定と確保だというが、手掛かりがない。

 学生魔道士連合、その仕業だとは確定出来ているが、実際にどの人物がどうしたのかまではわかっていないらしい。情報部がそれを見つけ出すまで、どうにも出来ず、とりあえずの対策で当面を凌ぐという。



 久々の仕事だ。

 あまり好きでは無かった。ストレスが溜まる一方で、やりがいとか、やる意味とかが一切見いだせない。

 今現在もそうだ。頼まれたから参加したは良いが、ホントのところはどうでも良い。どこで知らない誰かか困ったり死んだりしても、気にしない。ただ頼まれたからやるだけだ。

 美冬は、隣で英単語帳をぼけーっと眺めている進の顔を覗き見た。

 満里奈の事でいっぱいいっぱいになって、そもそもなぜ彼がこの仕事を引き受けたのかを聞いていない。



「ご主人様。ご主人様はどうして今回仕事をしようと思ったんですか?」

「ああ……。なんていうか、成り行き。最初は『考えとく』としか言ってなかったんだけど、いきなりミーティングに出ろとか言われて、そのまま」

「そんなんで良いんですか……。これやってる間、教授の手伝いとか、高千穂の手伝いとかはどうするんですか?」

「一応、二人には伝えてあるし、OKも貰ってるから大丈夫」

 進は単語帳のページをめくる。

 単語帳と言っても、長文があり、長文の中にある単語が次のページに欄になって載っている、というものだ。

 文を一つ一つスラッシュで区切って、S、V、O、Cとか、括弧で囲って矢印で他の文の場所に引っ張られていたり、ofとかat、thatという文字が丸で囲まれていたりする。

 勉強した跡が、沢山残っている。

「すごく沢山、書き込みしてるんですね」

 進は美冬を一瞥すると、すぐに本に視線を戻した。

「わかりやすくなるから。なんか、頭いい人はこれがかえってわかりにくいって言うけど……」

「このSとかVって、なんです?」

「Sは主語、Vは動詞。この文章が、誰が何をしたって言っているのかわかりやすくするんだよ」

 進はある一文に指を指して「ほら、こことか」と美冬に見せる。彼なりの解説を美冬に施しているが、学校に通っていない彼女には到底理解できないものだった。

「でも珍しいですね。電車の中まで勉強して」

「テスト近いから。ヘタな点数とったらどうなるかわからない」

 言う割には、あまり気にしていない風だ。

「ああ、強制送還……。でも、具体的な数字は言われてないんですよね」

「だから怖いってのもあるし」

 勉強サボったら家に返す、と母親に言われている。

 赤点以下だとアウトかもしれないし、240人以上は居る学年のうち上位何十位以内取らないとアウトとかかもしれないので、気は抜けない。

 絶対帰らない、という意地のもと、狙えるうちは上位を狙っておく。

「どのみち、あとあと頑張らないといけないし……」

「大学受験のことですか」

「そう」

 美冬はすぐに言い当てた。進は高校に入ったときから大学に行くという進路は決めていた。

「志望大学は?」

「まだ決めてない」

 だが美冬は少し将来が不安になった。まだあと2年後と言ってしまえばそうだが、早いに越したことはない。

「じゃあ、学部とか学科とかは?」

「機械工かな。とりあえず就職には困らないらしいから」

「夢もキボーもないんですか」

 即答の理由に、美冬はジトッとなる。進はもとより夢とか目標とかも無く生きている。美冬はそれに対して少なからず心配があった。

 男なのにそんなんで大丈夫か、という心配と、そんな行き方してて病まないのか、と言う心配だ。

「夢……か……」

 進は妙に考え込む。彼も彼なりにそれに対しての危機感は抱いていた。

「みふのことを養えるだけの給料と安定性がある職に就く……ことかな」

「え、それって……え」

 ふと言われたことに混乱して、意味を聞こうとすると、タイミング悪く電車のブレーキがかかり、慣性により美冬の体が進の肩に押し付けられた。

 アナウンスが、四ツ谷への到着を知らせる。

「ほら、行くよ」

「は、はい。えっと、だからその……。どういう意味ですか?」

「どういう意味って……」

 完全に停車し、扉が開く。

 足早に降りて、人の流れに沿ってホームを歩き

「そのまんまの意味だよ」

 そしてエスカレーターに乗る。



 そのまま中央線のホームへ向かい、快速が来るのを待つ。



 その間、美冬の頭の中では先程のあるじの言葉がヘビーローテーションして離れなかった。

 意味を理解する。

 何となくそんな気はしていたし、そうなるんだろうと自然に思っていた。そしていざ面と向かって言われて確信に変わると、心に来るものがあった。

 そしてそもそも、美冬は唐突な事態に防御力が低すぎる。

 人混みのすごいホームで電車を待っている間、とうとう美冬は意を決した。

「あ、あの、ご主人様……」

 全身が熱い。彼のあっけらかんとした「ん?」という声すらも、脳を揺さぶるものに聞こえる。

「指輪のサイズ、まだ測ってないんです……」

「気が早いわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る