第78話 ご主人様を悪く言うの、やめて下さい

 今日は、馬橋稲荷神社に直接来ている。

 いわゆる実地調査だ。

 強襲隊のメンバー2人と1匹、協力者1名、その使い魔と、加えて大学の教授が一人。





「それで教授、何かわかります?」

「いや何にもわかんないなあ……」

 くだんの龍の巻いた石造り鳥居に片手を触れつつ、教授は訝しげに目を細める。

 魔力を正確に探知できる機械は無い。抽象的な事象を観測するのは、ヒトの感覚という不正確なものに頼る他はない。

「魔法とかが宿るものは、特別に信仰や伝承が残って、周知されている物がなりやすい。でも、この鳥居は特別すごい伝承とかは無い。これそのものに何かが宿るとは考えにくいんだ」

 あまりにわかりきっていた事だったが、専門家が言うだけあって説得力もより強まる。

「進君は、何か感じるかな?」

「いえ……特に何も……」

 進は一度鳥居に触れて、昇龍を見上げる。

 願いを天に届けてくれる、と言われているおかげで、パワースポットになった鳥居だ。

 と言うよりも、この神社全体がパワースポットになっている。ネットや雑誌では「都内の知る人ぞ知る隠れたパワースポット」なんて特集されたりして、スピリチュアル的に人気がある。

「昇り龍は『悟りを求めて厳しい修行に励むこと』、降り龍は『他の衆生に救済の手を差し伸べること』という意味があるんだ。元々が仏教の言葉で、解釈が色々あるから正確なことは無いけどね」

 教授は、「でも」と続ける。

「どう考えても、これそのものに力があるとは考えられない。その、なんだっけ、学生魔道士ナントカって言うのがこれで何がしたいの?」

「それが全くわからないから、教授に来てもらったんですって」

「そもそも、誰が言い出したの?」

「情報部が『妖怪が言ってた』って言うので……」

「信憑性薄い情報に振り回されすぎじゃない?」

「あはは……。妖怪連中もハッキリしないんですよ。検討もつかないらしくて、可能性があるならコレじゃないかって言うだけで……」

 進は苦笑いしつつ、言い訳のしようも無い事を言う。

 楽観的な彼に対し、教授はいつにも増して真剣な表情をしつつ、降り龍を見上げる。

「モノとカタチじゃ無いんだ……」

 進もそれに倣って見上げてみる。

 かなり高い位置に頭があり、見下されて、目があっているような、あっていないような。

 龍というのは不思議なもので、力強く勇ましい姿をしているが、威圧感を感じない。時に味方であり、時に敵である。十人十色の言葉が似合うように、竜によって、行いは違う。





「教授ー、こっちは終わりましたよぉー」

 境内の奥から、満里奈が歩いてくる。その背後には、美冬もついている。

「やーやー、おつかれー。どうだったー?」

「何もなかったですよぉ」

「だろうねえ」

 満里奈と美冬は、境内にあり手水舎を調べていた。手水舎もまた、一種のパワースポットになっている。龍の口から水が出て、石を伝って流れているというものだ。

 鳥居だけに集中するのは良くない、と神社のあちらこちらを調べて回っているが、特に妙な事はなかった。

 いや、あったとしても、もともとエネルギーが集まる場所なだけあって掻き消されてしまっている可能性も十分ありえる。





「じゃあ、僕が出来ることはこれだけ……そもそも何もしてないけどね」

「いやあー教授がー『何もないよぉ』って言ってくれるのが大事なんですよぉー」

 満里奈はニコニコと笑いながら言う。

 これで、直近の危険は減ったと見なしても良い。

 逆に言えば、さらに謎は深まったと言うべきだが。





 そして満里奈は、背後から美冬に抱きついてもたれかかり、サワサワと体を弄っている。

 ここに美冬が来たのも「一人でも人がほしいからー美冬も呼べない?」という満里奈の要請からだったが、彼女の目的はこちらだったのではないかと言う疑惑も覚える。

「美冬は中々成長しないなー」

「うるさいです呪いますよ」

「もー相変わらず冷たいなぁー。前もぉ、ぜーんぜん相手してくれなかったしー」

「すみません。あなたに興味なかったので。あと胸触るのやめてくれませんか」

「いいじゃない。減るもんじゃないしぃ。むしろ増えるしぃ? あ、そっか、ご主人様専用か〜」

 美冬は何もかもを諦めたような目をして、遠くを見ていた。

 別次元の方を見ている、そんな目だ。

 満里奈はパペットマスターで、つまり可愛いものに目がない。

 以前もよく美冬にちょっかいを出していたが、当の美冬が一切意に介さず素っ気なかった。

 だが今はここぞとばかりに、可愛がっている。

 そして美冬の遠い目は、見ている方が気の毒になるような、そんな目だ。

 先程まで、何かされていたのかと不安になるような。





「満里奈、みふに変なことするなよ」

 進は一応注意しておく。

「わかってるってー。女子同士のスキンシップだよお」

 そう言って美冬のほっぺたをもちもちと手で挟んでいる。

 スキンシップと言うよりも、一方的に弄んでいるだけにしか見えず、やられている美冬の心中も正しくそれだった。





 †





 市ヶ谷に帰ってきて、一応の休憩時間になった。

 美冬は化粧室の鏡をじーっと見ながら、落ち着かない気分を鎮めようと、息を吐いた。

 個室の扉が開いて、満里奈が出てきた。

 彼女は美冬の隣の台で手を洗って、ハンカチで手を拭いた後、髪を整える。

 癖っ毛を上手にごまかしてはいるが、癖っ毛に変わりない。結局、ヘアピンでまとめている。

「そういえば、最近、喧嘩したんだってー? 進から聞いたよぉ」

「へ……?」

 突然だったので、反応に遅れた。

「進はぁ『一方的に怒られた』って言ってたけどぉ。そもそも、どーいう理由で喧嘩とかするの?」

「別に、他人ひとに言う程の事でもありませんよ……」

 そう言って黙る。

 満里奈は「そっかあ」と詮索はしてこない。

 もう喋ることは無い。かと言って、狭い事務室にも行きたくない。先程から進と満里奈が話しているのを見ると妙に嫌な感情を覚える。

「今、同棲してるんでしょお? 美冬の方から来たんだってね」

 どこまで知っているのか。いや、進はどこまで話しているのか。

「どして同棲しよーって思ったの?」

「……。同棲したかったからですよ」

「えーそれ答えになってなくなくない?」

 美冬は手元を見た。

 答える気はさらさらない。ただでさえ、満里奈には良い感情を抱いていない。むしろマイナス値だ。単純に嫌いだ。

「進もさぁ、モヤシみたいになよなよしてるからだめなんだよね〜。前からそうだったけど、なんかこー、シャッキとしないよね〜」

「ご主人様を悪く言うの、やめて下さい」

 例え事実だとしても、他人が言うのは許せない。それも、まるで全て知っているかのように。たかが1年か半年程度、仲が良かった程度の癖に。

 美冬は鏡越しに睨みつけてしまった。反射的な怒りに任せてしまいすぐ後悔するが、やめる気にはなれなかった。

 最後まで睨みつけたまま、化粧室をあとにする。

 嫌だが、狭い事務室みたいな部屋に戻るしかない。

 とぼとぼと廊下を歩き「強襲隊」とペンで手書きで書かれた表札の扉を開ける。





 すると、タオルで顔を隠して椅子の上にだらけている蒼樹の姿がまず目に入った。

 以前はただの縮れ毛のおっさんだと思っていたが、今日から、変なおっさんにイメージが変わっている。

 そして次に視界に映ったのは、進とサラだった。

 サラとは、ボーダーコリーの魔犬だ。非常にモフモフしている。

 普段からモフモフに飢えている進が、これをモフらないはずがなかった。

 ワシャワシャと胸毛をモフり、毛が舞っている。いつにも増して、生き生きとした顔で、ワシャワシャしている。そしてモフられているボーダーコリーの方も、非常に満足げな表情だ。

 

 心臓が痛い。





「あの。サラさん。ご主人様に獣臭がつくので、離れてもらってよろしいですか」

「なんか酷いっ」

 ショッキングな顔になって、しゅんとして進から数歩離れた。臭くないし……とぶつぶつ言いながら、次なるモフられ相手を求めて、蒼樹の元へ向かっていく。

「ご主人様も。美冬以外モフったらダメって言いましたよね」

「え……あ……はい、……すみません……」

 進はしゃがんだまま美冬を見上げて、不満そうにしながら謝った。

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