第70話 ボーダーコリーってさ、すっごいモフモフなんだよね

 雷というのは、あまり長く持続しない。

 気づいたら鳴らなくなっていて、雨脚も若干ではあるが弱くなってきた。

 そして、モフモフのプラチナキツネは、人間のあぐらの上で丸くなり、ひたすらモフられている。

 だが、今日の彼女は病人だ。

 雷も去ったので、さっさと寝かせたい。

 進は一旦、美冬をどかして電気を消しに行った。

 布団は敷いてあるので、あとは潜って寝るだけだ。

 連日の学校で、体はズタボロだ。なんとなく気が抜けて、疲れや眠気を実感する。

 

 そして、すでに布団に潜っている美冬を見下ろす。

 狐の身体のまま、小さな頭を枕に載せて、目を狐らしく細くしている。

「みふ、そこ俺の布団なんだけど」

 ただし、進の布団で。

 彼女の布団は隣にちゃんと敷いてある。

「寝るなら自分の布団で寝なよ」

「や゛です」

 即答だった。

「俺、どこで寝ればいいの?」

「ほんと、そういうのいいんで」

 仕返しは効かなかった。

 潔く、自分の布団に潜った。

 ただ、枕が足りないので、腕を伸ばして美冬の枕を取る。

 高さも柔らかさも違うので、違和感が強い。

 匂いも、美冬の匂いを凝縮した感じだ。

 美冬がもぞもぞと動いて、体が強く密着する。

「具合は?」

「頭痛いし……最悪です」

 そっか、と返して黙った。

 気休めくらいにはなるだろうと思って、治癒の魔法をかける。

 とはいっても、すぐさま治るわけではない。免疫の補助をしてあげるくらいしかできず、頭痛の緩和などはできない。

 残念ながら、魔法は万能とは程遠い。そもそも使っている本人も、これが本当に効果があるのか疑問だ。

 魔法と言いながら、ただ魔力を美冬に直接流し込み、彼女の魔力の流れを整えたり、魔力をエネルギーとして体力を補っているだけだ。

 光ったりもしない。

 これを察知できるのは、当事者の二人のみ。

「ご主人様……」

「ん?」

「風邪、移していいですか?」

「明後日学校だからダメ」

「なぁっ」

 美冬は文句を言いたげに、進の頬に肉球を押し付ける。

「昨日のですでに移してますからっ。今やったって変わらないですよぉ」

 そうだったと気付いても、今も許すかと言われたらそう言うわけではない。

「はいはい、これで我慢して」

 なので、代わりにモフった。

「楽しいのご主人様だけじゃないですか」

 モフモフは中毒になるので、仕方ない。

 全体的には白と銀色だが、耳裏の毛は黒い。プラチナキツネたる所以。

 ホッキョクギツネは真っ白だが、あれはあれでモフりたい。

 残念ながら、ホッキョクギツネの知り合いでモフらせてくれる程に親しい狐が居ないのが、残念ではある。

「みふ以外のキツネってモフったことないな……」

 しみじみ思う。

「蔵王行きたい」

 文字通り、狐の村。

 美冬以外の狐、モフり放題……だが、実はお触り禁止と言う噂もある。

「駄目ですよ……。ご主人様は美冬だけをモフっていれば良いんです。犬も猫も許しません。美冬以外の生物に触れることも許しませんから」

 だが、ここにいる狐が許さない。

 そして目は合ってないが、いま彼女の目が真っ黒になっている事は予想に難くない。

 加えて、提示されたネガティブリストは、非常に難しいものだ。

「それは……難しくない?」

 進は苦笑いしつつ、難色を示す。

 何も考えず、ただふっと出た言葉だ。

 だが、美冬は違った。

 さっと起き上がり、彼女は上から覗き込むようにして突如顔を寄せ、黒い目を見開き牙を見せた。

「だって、ご主人様は美冬のこと好きなんですよね!? 好きなら! 好きな人以外のこと見ちゃ駄目なんですよ!? だって、そうじゃなかったら浮気ですもの!」

 怒りにしては、愛情が籠もり過ぎた怒鳴り声をあげて、逃げ場がない進に迫る。

 しばらくその目で見つめられ続け、すると突然、小さくて硬い指先の肉球で頬を押される。

 無言でひたすら、肉球スタンプ。

 やられている方も、黙ってやられているほど甘くはない。

 両手を狐の胸毛に沈めて、ワシャワシャする。

 抜け毛が舞って落ちてくるが、気にしない。

 肉球スタンプと胸毛ワシャワシャの応酬。



「組織に居たときさ」

 しばらくの無言の後、進が昔話を始める。

「強襲隊に、ワンコ居たんだよ。ボーダーコリーの」

 当然、妖怪系のワンコだ。

 ワンコでも、意思疎通ができれば容赦なく組織の歯車にする、超絶ブラックが、あの組織だ。

「ボーダーコリーってさ、すっごいモフモフなんだよね」

 進が一人で喋るのを、美冬は黙って聴いて、オチを待っていた。

 ただ、なんとなく予想できて、尚更目は黒く病んでいく。

「あっちの方が良いわ……」

 一瞬の間もなく、無言で肉球ビンタを食らわせた。

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