第71話 定時で帰らないと嫁が寂しがるんで
くせっ毛で長い髪を、ハーフアップにしていい感じに誤魔化してはいるが、いくら顔が可愛くて髪型が決まっていても、世間の闇を見たような仏頂面でほとんど台無しになっている。
近頃起きていた妖ヤクザ同士の抗争の件で、情報部の活躍のおかげで黒幕がやっと判明した。
妖怪同士が潰し合うことで得をするのは、当然人間だ。
案の定、その黒幕というのは人間の魔術師団体だった。
妖怪絡みで人間の成敗となると、この強襲隊に仕事が回ってくる。
さて、問題がある。
強襲隊最強と言われる彼女は、最強故にマトメ役もやらされている。
この東京で、戦術単位として動ける、対人戦闘におけるプロと言うのは、実に少ない。
そして、今現在動けるものも少ない。
以前なら、対妖専門部隊である機動隊メンバーから助っ人を呼んでどうにか出来たが……
「進も初花ちゃんも辞めちゃったからなあぁ……」
あちらもあちらで、人員がカツカツらしい。
満里奈はデスクに項垂れた。
酷く狭い事務所で、ぎっしりとデスクや資料が詰め込まれているおかげで、快適な空間とは言えない。
学校から直接来ているので、格好は制服のままだ。
ブラウスの上のボタンを外し、胸元をはだけさせて、気休め程度には快適さを得ようとしている。
警察か自衛隊に丸投げしようか……とさえ考える。
だが、それをしようとすると非常に面倒くさいのだ。
書類を書き、要請をし、説明をして、要請が通ったあとにも説明をし、また書類を書く。
「やってられっかちくしょぉおおおお」
投げ出したい。この仕事。
颯爽と辞めていった進や初花に怨念を飛ばす。
あいつらに、タンスの角に小指をぶつけるくらいの地味な不幸が訪れますように……と。
だが、ふと微妙な幸運が、彼女に舞い降りた。
事務所の扉が開き、シャツにネクタイと言うサラリーマンの格好をているが明るい茶髪でツンツンの髪型をした青年が「うぃーす」と言いながら入ってくる。
「あああ月岡さんッッ! ちょうどいいところにいい……」
「あ? 手伝わねえよ? 情報部は忙しいんだよ」
ツンツンの髪の毛の中に、狐耳が紛れている。彼はれっきとした狐の妖だ。
月岡家と言う由緒正しき家柄の立派な跡継ぎでもある。
追加の情報持ってきたぜ、と言って、紙束を満里奈の目前にバサリと置き、USBメモリも一緒に置く。
「ウチなんも言ってないですよぉ」
「人が足りないから手伝ってーだろ?」
狐の洞察力にかかれば、人間の考える事などお見通しである。
「そうなんですよー お願いしますー!」
「無理。定時で帰らないと嫁が寂しがるんで」
だが、同業の情けが無いわけではない。
彼は部屋を去る間際に、一言だけ置いていった。
「そういえば、最近、進のヤツがケントの手伝いしに来てんだよ。アイツにダメ元で頼んでみても良いんじゃねえか?」
満里奈は、月岡が去っていった扉をしばらくぼーっと眺めていた。
ただ、視界に入っているものに意識は向けていない。
頭の中の思考をグルグル回して、考えていた。
進が? どうして? と。
彼はあまり理由を言わずに組織を抜けていった。
教授の元で魔法の研究を手伝っている、とは聞いていたが、まさか高千穂の手伝いとやらをやっているとは、知らなかった。
何をどう手伝っているのかは不明だが、とりあえず、魔法使いを完全にやめたわけではない、とまでは察しがつく。
進は、いわゆる器用貧乏タイプだ。
何かに突出した何かがあったわけではなく、相対的には劣っている。
だが、逆に言えば中途半端でも何でもできる。
彼が居るだけで、とりあえずは安心なのだ。そういう意味で、貴重な戦力だ。
来てくれるならば、大いに結構、むしろ有り難い。泣いて喜ぶ。
助けを求めたら、彼は来るだろうか。
とりあえず、電話をかけてみよう。
そう思い、メッセージアプリを開く。
だが、無い。半年前まであったハズの、日戸進のアカウントが無い。
仕方ないので、電話帳アプリから直接電話番号にかける。
だが、コールもなしにすぐに応えてくれた声は、非常に無機質で、非情過ぎるものだった。
『この電話番号は、現在使われておりません』
なんでえええええ! なんでええええええ!?
誰にも聞こえない叫び声を、心の中で必死に叫んだ。
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